今週の寅さん① 第1作目「男はつらいよ」

個人的なことであるが、少しばかり時間が自由になりそうな気配があり、もし自分にある一定の時間があるのなら、何をしたいか?と問いかけてみた。すると色々なやりたいことと共に、何故だが「男はつらいよ」を全作(全部見てるわけではない)、毎週1本DVDで見て、その作品についてを48週間にわたり、きちんと書き残そう(土曜日に!)と思ったのであった。

1969年の初封切りに間に合わなかった「男はつらいよ」には、格別な思い入れは、若い頃はそんなになく、タイミングが合えば映画館で観ていたという程度だった。それでも71年あたりで、『寅さん祭』と称した旧作3本立て興行で1作目を見て、押入れの中に隠れていた寅さんが見つかってしまう名場面に大笑いしたことは良く憶えている。満員の映画館の一番前で見ていて、観客の笑い声が一拍遅れて後ろから襲って来るという現象に、あぁ、映画館で皆と一緒に見るとは、こういうことか!と感激したのだった。

記念すべき第1作目は20年ぶりに葛飾柴又に寅さん帰ってきて、妹さくら(戸籍上は桜とお見合いの席で言っている)と諏訪博の結婚式があり、帝釈天の御前さまの娘、坪内冬子に思いを寄せるがフラれて旅に出るという物語で、ここにシリーズの原型の全てを見ることが出来るのであった。

寅さんのナレーション『桜が咲いております〜』があり、【大人30円、小人20円】の矢切りの渡し(今はいくらなのだろう?)を渡ってくる車寅次郎をバックに主題歌が流れる。“俺がいたんじゃお嫁に行けぬ〜”の歌詞の方だ。ここでの寅さんはジャケットをちゃんと着ていて、ネクタイも締めている。設定は16歳の時に父、車平造と大ゲンカして家を出た寅次郎の、20年ぶりの帰郷となっているので、この時寅さん36歳ということになる。

おいちゃん役は森川信で(馬鹿だねぇ〜の名セリフ!)、この役だけ主要キャストの中で役者が変更されていく。さくらは丸の内のBG(OLではない、ビジネス・ガールの略)でキーパンチャー東宝映画での酒井和歌子の役も当時そんな感じだったなぁ。柴又の団子屋「とらや」の裏に、共栄印刷の工場があり、第1作の後半は、そこに勤める職工の諏訪博とさくらの結婚だが、前半はさくらのお見合いを寅さんぶっ壊してしまうエピソードがメインだ。今、見返すと「おとうと」の鶴瓶が酔ってしまって、披露宴をぶち壊すシーンの原型はこれだというのが分かるのだった。

お見合いの場所は、あのストローハットの赤坂プリンスホテル。こうした60年代後半の東京の風景も、今みると懐かしく(1作目では現代なのに)いかにシリーズが長かったかを思い知る。シリーズが進むほど、今度は失われゆく日本の美しい風景を追い求めていくという、使命のようなものを背負うことになっていくとは、この時点では思いもよらなかったろう。キャメラは全作を担当することになる高羽哲夫だが、奥行のある構図の場面でのピントの合わせ方が見事の一言だ!

後半に登場するのが津坂匡章扮する登で、寅を兄貴と慕う八戸出身のテキヤの弟分だが、1作目の劇中では「とらや」でマメに働く青年だ。もう一人が博(青年、前田吟!)で、酔った寅がさくらを殴っておいちゃんと大ゲンカになるシーンから登場が多くなり、見せ場は川舟の中での寅さんに“本気で女性を好きになったことがありますか?”と詰め寄る場面だ。この1作目の寅さんは若いというより、ヤクザ者で『無頼』を感じさせるのだった。

おいちゃんとの大ゲンカの後、職工のタオルで顔を拭くと、寅さんの顔が真っ黒になる場面でのさくら役の倍賞千恵子さんの笑い方は、演技とは思えない、ただ本当に可笑しくて笑っているようだ。このケンカの後、寅は旅に出て、奈良で御前様とその娘である冬子さんに逢うことになる。第1作目のマドンナ冬子役は光本幸子だ。

余談であるが、第1回の『映画検定』(2006年開催)が行われる前日に何故か柴又にいて、仕事の同僚と酒を飲みながら“明日の問題の中に絶対「男はつらいよ」第1作のマドンナは誰っていうのが出るぜ”とか言ってたのだった。それが本当に出たのには驚いたのでした(そんな余談です)。

御前様が写真を撮られる前に言う“バタぁ〜”の名セリフに、これまた光本さんがマジで笑ってしまっているようだ。こうして寅が家にいない状況でさくらと博は、お互いを意識している描写があり、その時のおいちゃんの台詞が“そぉ〜としとけば、何とかなるが寅が帰って来るとなぁ”。そこへ冬子と一緒に寅が帰ってくるというなんとも上手い展開。脚本は山田洋次森崎東の二人。

前田吟さんの名場面は、寅にさくらは諦めなと言われた後に『3年前から、二階の窓から見えるさくらさんばかり見ていました』という告白するところだが、よく考えると、それってほとんどストーカー行為ですよねぇ。告白だけして印刷工場を辞めて出ていこうとする博を追ったさくら、二人の想いが通じる柴又駅のホーム、これまた名場面。この先、どれだけ柴又駅のホームが出てくるのだろうか。

そして後半のクライマックスはさくらと博の結婚式と披露宴。場所は実際に柴又にある『川甚』だ。今度こそ、柴又行ったら入ってみよう!ここから特別出演となる志村喬が扮する博の父、諏訪飃一郎の感動の挨拶という泣かせる場面だ。それまで何も喋らず、博も8年前に喧嘩したきりというので、寅も含め全員(大学教授という役職柄)がお高くとまってやがるとか言っていたのに、その挨拶に感激した全員が拍手という大団円だ。この披露宴の司会役は関敬六。このあと関さんは寅のテキヤ仲間ポンシュウ役で、シリーズに度々登場するのだった。

最後のエピソードが寅の失恋となる。冬子とイイ感じだと勝手に思っていた寅が、釣りに冬子を誘いに来て、婚約者と二人のところに出くわし、その様を源公(ご存知、佐藤蛾次郎!)から聞いたおいちゃんが皆(この場面は新婚旅行からさくらと博が帰ってきた)に話しているところに寅が帰ってきて、隠れ場所がなく、押入れに入ってしまい、結局さくらに見つかるという爆笑場面となる訳である。

「とらや」を出て旅に行こうとする寅を追いかけるのが登。上野駅の地下食堂街のラーメン屋(ありましたねぇ)で『八戸へ帰れ、俺みたいになるな』と登を遠ざけて泣く寅の姿は、シリーズの後半と対比してみると『泣く寅』の姿が新鮮だ。ラストの手紙は、それから一年後に冬子にあてた暑中見舞の葉書。この場面は、さくらは満男を産んで、御前様に見せに来た場面だ。このシーンが夏ということは、公開が夏興行だったことが分かる。寅さんは登と一緒に天の橋立でテキヤ業に精を出していたのでした!

そう、「男はつらいよ」はこの後、松竹の大黒柱として、お盆興行だけでなく、正月興行も請け負い、そのラストに暑中お見舞いに葉書であればお盆興行、年賀状であれば正月興行と一目で分かるようになっていくのでした。

では、来週は第2作「続・男はつらいよ」です!