「夢売るふたり」って、もっとスリリングであるべきだ!

蛇イチゴ」「ゆれる」「ディア・ドクター」と順調にキャリアを積み重ねて来た西川美和監督の新作だ。「蛇」は宮迫博之、「ゆれる」はオダギリジョー、「ディア〜」は笑福亭鶴瓶と男優主演の映画を手がけてきたが、今回は主役は松たか子(W主演で阿部サダヲ)だ。実は、この監督とは相性はあまり良くなく、「蛇」は面白かったが、その他の作品は世間でいうほど、面白くは感じていない。

「夢売る〜」も同様だった。脚本の完成度は高いことは分かる。しかし圧倒的なカタルシスのある物語の構成ではなく、脚本のテクニックが図抜けてるためか、演出の意外性は感じないのだ。特に今回の詐欺師夫婦の物語なら、もっとスリルが必要だろう。そこを確信犯的に外しているなら、それはいささか的外れ。この映画の内容だったら、スリリングな展開が求められてしかるべきだ。

冒頭、夫婦がやっている居酒屋が火事になる件から違和感があった。これだけ繁盛している店で、夫婦二人だけは無いでしょう。繁盛していることにするなら、そこに接客店員が居ないことが明らかにおかしい設定だ。よって火事となっても当然で、同情の余地はない。ここで映画は躓いているのだ。同情の余地がなければ感情移入も全く出来ず、二人の詐欺行為が醜悪にしか見えないのだ。

特に女子重量挙げ選手とのエピソードは、どっちの登場人物たち側で見ても辛すぎる。さらに詐欺行為のエピソードが有りすぎで、いったいどれが映画の本筋で捉えるべきかが不鮮明だ。詐欺のコンピレーションになってしまっている。極論を言えば最後の木村多江演じる主婦との『日常まで入り込んだ、この男の結末はいかに、奥さんどうすんの?』のスリルだけで充分なのだ。

松たか子の例のシーンも、これだけっ?って言うレベルの期待ハズレ。内容としては日活ロマンポルノ的要素も孕んでいる話なのだから、この場面はもっとじっくり撮るべきだ。そうした比較で見てしまうから、むしろ役者的には鈴木砂羽の方が際立ってしまう。演技レベルではなく、物語の中で主役を持ち上げられていないのだ。要するに観客は“こんな美人の奥さんがいて、この亭主なにやってんだよ”の感情が先に立ってしまうのだ。やはり監督自身が男を描きたいのか?である。

笑福亭鶴瓶の存在感はさすがで、偽医者よりずっと様になっていると言うしかない。よって、ここでも阿部サダヲが負けてしまい、肝心の逮捕されてからのフェイドアウト感が甚だしい。鶴瓶さんが悪いわけではなく、ここにビッグネームの存在感ある俳優は不必要ではないか。

最初の詐欺行為で、何人もの女性を騙しても『悪く言われない男』の描写があった時点で、もしかするとこれは『詐欺版「トリュフォーの恋愛日記」』(浮気を繰り返しても悪く言われない男の話)になるのか?と思ったが、その路線ではなかった。その雰囲気を阿部サダヲという役者には感じるので、路線がそれだったらダメ亭主が主役のシニカルコメディになっただろうに。

そう、これはコメディなのか、サスペンスなのか、ドラマなのかという支柱が見当たらない。それぞれの要素があるため、勿体ないから全部盛ってみたら、味がバラけてしまった丼になってしまっているのだ。それは、求められるレベルが高いから陥ったことなので、いわゆる『惜しい映画』になってしまっているのである。