「天地明察」で感じる、映画はやはりキャスティングだ!

滝田洋二郎監督がようやく「おくりびと」に続く作品を発表した。それが「天地明察」。原作は『本屋大賞』で有名であるが、物語の主人公である安井算哲(という名は予告編で憶えてしまった!)が実在の人物か、原作者の冲方丁氏の創作であるかは、あえて知らないで(スイマセン、無知です!)見た。映画は時としてその方が楽しめるのだ!事実、江戸時代の個人的に非常に興味ある頃が舞台と分かった冒頭から“グっと入り込んで”しまったのだった。

史実に沿った話だと分かったのが、松本幸四郎の役が、テロップで『保科正之』と出た瞬間だった。池波正太郎氏の小説で幡随院長兵衛の生涯を描いた「侠客」の後半に登場する江戸幕府の危機を救った名君だ。江戸の大火事で焼け出された人々のため、幕府が抱える米を放出し飢えを防ぎ、その後の江戸の町の整備を行ない、歴史に名を残したと池波さんが教えてくれている。

天地明察」の原作では安井算哲に『北極出地』を命ずるのは、別な会津藩の老中となっているが、それを映画版では保科正之よりの命としている。この変更は成功で、その保科正之松本幸四郎に演じてもらうことで、映画に重みが加わったのだ。映画の骨子は算哲が改暦の大仕事をやってのけ、人間的に大成してゆくというもので、こうした主人公成長の物語で重要なのは、その主人公を取り巻くキャラクターのキャスティングだ。

よく映画は監督が脚本からイメージするところのキャスティングが出来たなら、8割がた出来たも同然と言われる。まさに「天地明察」は、その成功例というべき神経の行き届いたキャスティングなのである。算哲に岡田准一、その妻に宮粼あおい、算哲を助ける数学者に市川猿之助(というか市川亀治郎)、前半の『北極出地』に同行する上役の二人には、岸部一徳笹野高史、改暦を阻止する公家に市川染五郎保科正之亡き後に算哲を支える水戸光圀中井貴一と見事な布陣であった。

他に佐藤隆太徳井優武藤敬司白井晃染谷将太、同じ事務所の横山裕らの出演だが、侮れないのが横山君だ。彼が演じる囲碁の大家、本因坊道策は実に魅力的だ。道策ももちろん実在の人物で、囲碁棋士の間では知らない者はいないというほどの有名人だという。映画は時として(世界史でもそうだが)こうした今まで知り得なかった歴史の裏側と実在の人物を教えてくれるから止められない。

失敗や妨害で挫折しそうな算哲を、そうした脇のキャラクターが見守り、支えて行く物語こそ映画の王道である。特に宮粼あおい扮する妻えんが算哲を叱咤する場面の、宮崎のドスの効いた声が美しく、“おぉ、この声は名作大河ドラマ篤姫」の天璋院の声ではないか!”と聴き惚れてしまった。またインテリ歌舞伎俳優としてクイズ番組にも出ている(亀治郎ではなく)猿之助は、食えない数学者関孝和役のイメージ、ドンピシャだ!

滝田洋二郎監督の堂々たる正攻法の演出は少しもブレることはなく、映画を見終えた充実感で満たされる。見事に「おくりびと」の次の作品というプレッシャーに打ち勝ちましたね。興行的には観客に若いファンがいないと言われているようだが、やはり時代劇というハードルがあるのだろうか?しかし岡田准一は現代劇よりずっと良い。若い層にも見て欲しいねぇ、見なきゃ損ですよ。

これで本当に岡田准一が、再来年のNHK大河ドラマで演じる黒田官兵衛が楽しみになってきた!