「The Ladyアウンサンスーチー ひき裂かれた愛」で見せたリュック・ベッソンの意外な一面

今の若い映画ファンはリュック・ベッソンを、どう見ているのだろうか?一時代を築いた映画監督としての認識はどれだけあるのだろうか?もしかしたら無国籍アクション映画の製作者としてしか見ていないかもしれないぞ!

彼は「グラン・ブルー」(最初は「グレート・ブルー」として公開)「ニキータ」「レオン」で、80年代後半から90年代前半まで、アメリカのタランティーノと並び、最も人気の監督だったのだ。2000年以降は「アーサー」シリーズを監督するものの、主に製作側にまわり(製作会社ヨーロッパコープの社長ですから)「トランスポーター」シリーズというヒット作を産む。その一連のアクション映画は世界マーケットを意識して、フランス映画でありながら英語言語だが、観客はアメリカ映画としか見ていないだろう。

そんなベッソンの監督としての新作は、なんとビルマ(現ミャンマー民主化運動の主役アウンサンスーチーの物語。いわゆる伝記映画だが、本人がバリバリ生きているのに、今つくるのが驚きとも言える。1947年の父であるアウンサン将軍が暗殺されてから、2007年の仏教僧たちの一大デモまでを描き、アクション&ヴァイオレンスがお得意と定義されがちなベッソンとしては、異例の女性が主人公の人間ドラマである。ところが見てみると意外や見事な真面目っぷりで、好感が持てる直球勝負の映画になっていたのに、更に驚かされた。

主演はミシェル・ヨー。代表作は1997年の「007/トゥモロー・ネバー・ダイ」、それ以前の香港映画時代では、女性ながらでアクションをこなし、当時はミシェル・キングと呼ばれ、ジャッキー・チェンの相手役も務めていた。その彼女のアクションなしのアウンサンスーチーに成りきりの演技は見応え充分で、ベッソン監督もとても真面目な演出であった。

実はこの映画、よく見ているとアウンサンスーチーの家族の映画になっている。オックスフォード大学の教授で夫であるマイケル・アリスという男の半生でもある。デビッド・シューリス演じるマイケルの、妻と離れ離れになっても、妻の信念を尊重し愛する(二人の子供にもちゃんと伝わっているのが素晴らしい!)物語で、自宅軟禁の妻と会えないまま癌で死んでしまう。この夫の部分にスポットを当てた作りになっているのが、ありきたりの女子賛美ではなく、やはり『男気』大好きのベッソンらしいと感じるところであった。

やはり、1991年のノーベル平和賞の授賞式が見せ場ではあり、感動的だ。自宅軟禁のまま受賞したので、代理として夫と二人の息子が登壇する、それを彼女は遠く離れたビルマでラジオ放送で聞くしかないのだった。こんなことが許されていいのだろうか?という問いかけ、この映画のメッセージが最も感じられる場面であった。

撮影が終了しようとしていた2010年に、自宅軟禁から解放されるというニュースがあったとのこと。映画製作の過程では(怖いこともあるが)よくある説明がつかない不思議で、奇妙な廻り合せだと言えるだろう。ともあれ、リュック・ベッソンにも、こうした映画が撮れるのがわかったことが嬉しい(でも次は「96時間2」だけどね)