山下耕作監督「女渡世人 おたの申します」に涙!

久しぶりに池袋新文芸坐へ行き、山下耕作監督特集上映にて、藤純子主演の「女渡世人 おたの申します」を拝見する。本格的な仁侠映画を堪能するって、何時以来になるのかなぁ。東宝の青春映画ばっかり小学校高学年から見ていたので、東映任侠映画には大いに乗り遅れてしまい、いまだに『アンタは東宝派だからなぁ』と東映大好きの映画仲間のK氏から皮肉られる始末である。

もちろん、今は無き池袋文芸地下で「仁義なき戦い」シリーズ全作と「仁義の墓場」とかは見ていたが、それらは実録路線であり、任侠路線については結局10年ぐらい前に、これまた今は無き中野武蔵野ホールで大特集された『東映任侠映画連続上映』にて本当にその魅力に目覚めるまで時間を要したのであった。その中でもやはり「博奕打ち 総長賭博」が圧倒的に素晴らしかった。当時は80年の「徳川一族の崩壊」以降は作品を観ていた(85年の「夜汽車」がお気に入り!)山下耕作監督をまったく不勉強だったので、大変驚き、この監督は凄いんだ!と思って、自分の無知を恥じたのでした。

また、フィルモグラフィーの中で、ひときわ輝くのが「緋牡丹博徒」第一作目の監督であるということ。このシリーズは、何かと加藤泰監督作品の「花札勝負」とか「お竜参上」の方が、とか言われがちだが、やはり1作目を成功させた功績は大きいのだ。主演はもちろん藤純子である。東映任侠映画は、ほぼシリーズもの。藤さんのシリーズは、他に『日本女侠伝シリーズ』『女渡世人シリーズ』とあり、今回は『女渡世人』シリーズ2作目「おたの申します」。

脚本は笠原和夫。基本は任侠世界に生きる女の物語で『緋牡丹のお竜さん』と変わらない。上州小政こと太田まさ子(この名前って梶芽衣子さんの本名、雅子だけど)は、大阪の賭場で、船宿「浜幸」の息子・良吉にイカサマ呼ばわりされる。ヤケになった良吉がまさ子へ刃物を向け、その場にいた梅田の銀三に殺されてしまう。良吉の借金300円をまさ子は任侠道の掟により、自ら取り立てに向かう。船宿「浜幸」には良吉の父幸作と盲目の母おしのがいた。母に捨てられた過去を持つまさ子は、おしのを本当の母のように慕うようになるのだった。

この父に扮するのが、新国劇の名優島田正吾。あの緒形拳のお師匠さん筋ですね。そして母おしのを演じるのが、三益愛子。三益さんのフィルモグラフィーの中で、タイトルに「母」とつく作品は何本あるのだろうか?というぐらい、いわゆる『悲劇の母』ものの看板女優だった人ですね。ただ、映画をかじり始めたばかりの頃は、三益さんは大映の2枚目俳優川口浩の母で、川口松太郎夫人という印象の方が強かった。若い世代は川口浩の名前は『川口探検隊』の隊長のほうで有名ですかね。

映画の冒頭は「緋牡丹博徒」と同じく藤さんの画面に向かっての『口上』で“産まれは関東、姓は太田、名はまさ子〜よろしくおたの申します”と始まるが、三益さん演じるおしのとまさ子が出会ってからは『血は繋がっていないが、母娘』の関係で、見事な情感を醸す母もの映画となる。この辺が『緋牡丹のお竜さん』とは決定的に異なる。二人が金比羅様へお参りに行く(高校の修学旅行で、同じ階段を登ったなぁ!)場面は風景の美しさも含め名シーンだ。

父は息子の借金返済のため船宿の権利書をカタに300円を借りるが、その権利書が土地のヤクザ滝島組に渡ってしまい、結局父幸作も殺されてしまう。まさ子がこの土地に来る前の、船で出会った流れ者の床職人の音羽清次郎も幸作の世話になっていた男。怒りを爆発させた二人は滝島組に殴り込みに行くのだった。清次郎を演じるのは菅原文太。彼が言う“やくざ者は日陰の花〜”は名台詞。

死ぬ直前の清次郎は“あんたは日向に咲いてほしかった”と言う。もう、こうした情感溢れる名場面の連続で、これは山下耕作監督の会心の1作じゃないかいな!と惚れ込んだ次第だ。山下監督作品をもっと見なければと猛反省!その演出の基本姿勢はどっしりと構えたキャメラの中で、役者さんたちに良い芝居をしてもらうことだと画面から感じられる。シネスコ画面をいっぱいにうまく使い、手前の人間をアップ、後ろの人間を右奥に配置し、もしくはフィックス画面の端と端で(左に島田正吾、右に藤純子)、まずは、役者ありきの演出だ。

息子の良吉を冒頭の賭場で殺してしまう、梅田の銀三を演じるのは待田京介。ほぼ、東映任侠映画でしか見たことのない役者(すいません。初期の日活時代を見ていません)で、任侠道に生きるいいヤクザをやれば、この役のように、最初はまさ子に人情で守った形でありながら、最終的には清次郎の弟も殺していたという、極悪のヤクザ者も巧みに演じ分ける貴重な存在だ。

そして、殴り込み後の、警察に捕まっていくまさ子に、もう母でしかないおしのが声をかけるラストシーンに涙が止まらないのであった。母ものと仁侠ものは、相性が良かったのですね!このように見どころ満載でありながら、上映時間は103分。良く出来たプログラム・ピクチャーを見る度に、今の日本映画は『省略の技術』に関していうならば、衰退しているとしか思えないのだが…。