三池崇史監督の変化球という名のど真ん中のストライク!

梶原一騎ながやす巧の「愛と誠」が三池崇史監督で映画化されるというニュースを聞いたとき、素直に不良感性のある青春学園ラブ・ストーリーが出来るのだろうと予想したが、その考えは甘かった!とファースト・シーンのアニメーションで思い知らされた。そう、ファースト・シーンは愛と誠が、幼き日にスキー場で出会い、愛のスキーで誠の額に傷を作ってしまう伝説の名場面だ。それがアニメで、そのフラッシュ・ア二メに近いチープな画質は、この後の展開をまったく予想させない、相撲で言ったら『猫騙し』のような始まりだ。

舞台は1972年の新宿だ。おぉ!「ダーク・シャドウ」に続いて、こちらも1972年か!ここでも映画の看板が時代を表す。「淫獣マフィア」「私は好奇心の強い女」「滅びゆく野性の詩」の新宿歌舞伎町の映画館で、ちゃんとその時代にかかっていた映画の看板がチラリと見える。「滅びゆく野性の詩」は新宿ミラノ座での上映でしたね。他の2本は18禁で、さすがに中学3年では見れませんでした。 

そのセットで作られた72年の歌舞伎町で、大賀誠と不良との喧嘩から実写がスタート。さっそく「クローズZERO」よろしく殴り合いが始まると思いきや、まずは妻夫木聡の一曲“やめろと言われても〜”と始まる。そう、西城秀樹の「激しい恋」だ!これが公開前から話題になっていたミュージカルシーンか!と身構える。突然周りの不良たちも妻夫木の歌に合わせて踊りだす。腹を抱えて笑いつつ、この高速スライダーの変化球にストライクを取られた、と感じたのでした。

ちなみに、一部の映画評では(年齢が若くないのかなぁ)何名かが「ウエストサイド物語」と「スリラー」と、この場面の関連性を言っていたが、違うと思いますよ。「ウエストサイド」ではなく「クローズZERO」のセルフパロディでしょ(成功かどうかは別)まずは。それから「スリラー」ではなく「ビート・イット」です。同じマイケル・ジャクソンでも違います。まぁ「ビート・イット」は「ウエストサイド」ですけどね。

その後の殴り合いを見ていた早乙女愛が、頃合を見て『やめて、暴力からは何も産まれないわ!』と出ていく。芝居の上手さとかではなく、確信犯的に監督は愛役の武井咲に臭い芝居をさせ、話をややこしくする勘違い女の権化である、早乙女愛という娘を描き出す。この愛が口にする『無償の愛と償いの心』の台詞の数々は、原作漫画を読んだ当時にすでに感じた、くすぐったいような違和感を見事に表現しているではないか!さらに画面にはフィルムの質感はなく、漫画テイストのデジタル画像ときて、その世界観は紛れも無く「愛と誠」になっているのだった。

愛のソロナンバーは「あの素晴らしい愛をもう一度」だ。そう、この映画のミュージカル・シーンは、ひとり一曲の持ち歌制だ。ここで唄う武井咲はホント可愛らしい!しかし、自己中の勘違い女であることには変わりはない。だいたい「愛と誠」はその勘違いの誠意が、最後には誠に伝わるという根性の物語なのだから、これは全く間違ってはいないのだ。そして愛以上に『無償の愛』に身を焦がすのが岩清水弘君だ!斎藤工が演じる岩清水君は秀逸な出来栄え。原作で言うところでは、愛を献身的に影から支えるとあるが、ここでは完全にストーカーとなっていて納得。“あいしてる〜”を連発する「空に太陽がある限り」がソロナンバー。

市ヶ谷駅から見える釣り堀で(こうして昭和の時代から、今もある所を出している)高原由紀に拉致された愛を助けてくれと頼む場面が岩清水君の見せ場。すなわち「早乙女愛、君のためなら死ねる」の名セリフの裏には「死ぬことは出来るけど、それじゃ助けられない、僕弱いんだ!」の事実が隠されているが、その辺が漫画では美化されただけの印象しかないが、ここではストレートに「僕じゃダメ!」って言っていて、これまた納得。

愛がバイトする喫茶店がなんと歌舞伎町の『純喫茶 王城』(デジタルでの再現ながら、これまた昭和の建築物!残念ながら今はない!)、でも中は全く純喫茶じゃない、まるでイブちゃんのいた頃のノーパン喫茶風で、これまた大爆笑!歌舞伎町を歩く誠の後ろには、これは今だに健在の『しびれるキャバレー日の丸』(よく行きましたねぇ)の看板、しかしその後方には、現在取り壊し中の東宝会館がチラリと見え、ここはちょいガッカリ、という按配に、ワンカットも目が離せない楽しいコネタ満載なのだ!

愛の両親役が一青窈市村正親という凄いキャスティングで、この2人のオリジナルソングが、最もミュージカル・ステージ風だ。そう言えば市村さんの歌を聞いたのは、もしかしたら本田美奈子版で見た「ミス・サイゴン」以来か?劇団四季のトップ俳優であったことや(1990年退団)、1973年の「イエス・キリスト・スーパースター」(そう、「ジーザス〜」のことですよ)でヘロデ王を演じ、イエス・キリスト役の鹿賀丈史と共に絶賛されたことなど、ほとんど忘れ去られているよなぁ。

名門青葉台学園から花園実業高校へ、誠、愛、岩清水の順に次々に転校。ここから、ほとんどが「クローズZERO」の鈴蘭男子高校の世界。しかし花園は共学の必要性が、何故なら影の大番長、高原由紀を出さないといけないから。残念ながら高原由紀役の大野いと(頑張ってはいるが)だけは、キャスティングで不満が残ったところ。48歳の伊原剛志に17歳の座王権太を演じさせているんだから(ソロナンバーは「狼少年ケン」と来た!)由紀もショートヘアにした満島ひかりか、相武紗季に演って貰ってもよかったんじゃないか(個人的には小池栄子で全然問題無いと思っているが)、彼女のソロナンバー「夢は夜ひらく」が17歳のいとちゃんには重すぎた。

製作は角川映画だが、配給が東映であることに正統性を感じるのだ。なぜなら「愛と誠」はスケバン映画でもあるからだ。そう、スケバン映画は東映の十八番でしょ。池玲子杉本美樹の一連のシリーズは他のスタジオには決して撮れないのだ!あぁ、こうして映画会社のDNAが受け継がれている様を見るのは嬉しいものだ。

そのスケバンの一人、ガムコ(いつもガムをクチャクチャしているので)を演じる安藤サクラが凄い!そしてこのキャラクター造形は、脚本を担当した宅間孝行のホームランだな。誠にやっつけられて逆に惚れてしまうが、権太に病院送りにされた誠をお見舞いしようとやって来るガムコの健気さよ!しかし由紀に先を越され、持参した1本の向日葵を病室の前へ置いて帰る場面と、スケバンから足を洗うと決心して唄うソロナンバー「また逢う日まで」での、サクラの演技は助演女優賞ものだ。

このように脇が目立ちすぎていて(誠の母役の余貴美子さんは別格ですね、彼女の「酒と泪と男と女」は涙もの!)誠役の妻夫木聡が全面に出て来ない部分があるのが惜しい。しかし漫画の世界を実写で成立させるのは、大人の役者の真面目な取り組みなのだから、一部で言われている彼のキャスティングが失敗だという意見には反対である。

誠の幼少時代を加藤清史郎くんが演じていて、それって「天地人」の直江兼続と一緒じゃない!でも、その大河ドラマ継り、それも結構じゃない!