アイドルは映画女優でもあったのだ!

最近、ようやくYouTubeを頻繁に見るようになった。映画の一場面だけの確認をしたい時に、けっこう重宝したりしている。ひとつの映像を再生して終了すると、関連する映像も『どうぞ』というように画面に現れる。何かの拍子に再生したのが80年代アイドル歌手の映像だった。「夜のヒットスタジオ」だったり「ザ・ベストテン」だったり「レッツゴー・ヤング」だったりの番組で歌っているアイドル歌手たちの映像に釘付けになった。

その中で、ひときわ輝いていたのが80年デビューの松田聖子だった。確かに82年頃から彼女の歌はちゃんと聞いていたつもりだったが、今聞き返してみて“凄くイイ”のであった。彼女のパフォーマンス、楽曲の良さ、詞の内容、どれをとっても図抜けているではないか!散々YouTubeを再生して、んじゃ自分の松田聖子BEST10を選べるか、それもリストなど見ないで、と試してみたところアッサリと10作品が出てきた(これには自分で驚いた!)。以下、発売順に書き留めておこう。

「Only My Love 」80-12-01NorthWind
夏の扉」81-04-21
赤いスイートピー」82-01-21
真冬の恋人たち」82-11-10Candy
「マイアミ午前5時」83-06-01ユートピア
セイシェルの夕陽」83-06-01ユートピア
SWEET MEMORIES」83-08-01
瑠璃色の地球」86-06-01SUPREME
「抱いて」88-05-11Citron
「あなたに逢いたくて~Missing You~」96-04-22

発売日の右横には収録されたアルバムタイトルを記したが、なんと10作品中6作がシングルではなく、アルバム収録曲が出てきた。これは彼女がアルバムアーティストだという表れだろう。シングルばかり聞いていては、アルバム収録の名曲の数々には出会えなかっただろう。また「Only My Love 」もコンサートにいかなければ(かなり恥ずかしかったけれど、行ってしまったのだった!)ラストナンバーであることも知らずに終わっていたかも。

しかし、ここで言いたいのは、松田聖子の存在感云々ではなく、彼女も含むアイドルたちの映画との関わりについてである。そもそも70〜80年代の売れっ子アイドル歌手には、歌い手である一方で、映画にも主演しなければならないというお約束があった。逆に言うと映画界、音楽界は若い女優が現れたら、とりあえずレコード・デビューさせてしまっていたのであった。浅田美代子風吹ジュン栗田ひろみ岡田奈々、そして角川映画薬師丸ひろ子原田知世、なんと渡辺典子にも歌わせてしまっている!

東宝の社長、高井英幸氏のエッセイで『第1回東宝シンデレラガール』の選考の過程が語られているが、その中に優勝者は映画とレコード・デビューがワンセットだったとある。ところがブッチギリの優勝候補の沢口靖子が、歌がダメというので困ってしまうというエピソードが微笑ましい。しかし歌の部分にそれほどこだわらず(EMIからデビューはしたが)女優としての資質のみで沢口靖子を選んで大成功だったことは「刑事物語3 潮騒の詩」(84年)1作を見ただけで誰もが分かるであろう。

松田聖子もご多分に漏れずデビュー翌年の81年には「野菊の墓」に主演している。この作品選択は、おそらく山口百恵のデビュー作「伊豆の踊子」に倣ってのことだろう。アイドルの映画の題材は純文学からという方程式に則ったのだ。監督澤井信一郎のデビュー作でもあるこの作品を、監督には申し訳ないが見逃しているのです。しかし、その辺のアイドル映画ではないという評価は聞いている。あぁ、いつか見たい!

澤井監督は、その後、薬師丸ひろ子で「Wの悲劇」を、原田知世で「早春物語」を、そして後藤久美子で「ラブストーリーを君に」と立て続けにアイドルを演出しているのだ。それらは、すべて見るべき作品となっており、そのアイドルのファンでなくても、充分に堪能出来るのである。まぁ、監督自身はアイドルを起用していながら、いわゆるアイドル映画を撮っているつもりはないのだろう。本当はもっと仕事に恵まれても良い監督なのに…。

この澤井監督に肩を並べられるのは、言わずと知れた大林宣彦監督しかいない。百恵、友和の絶頂期に「ふりむけば愛」、薬師丸ひろ子で「ねらわれた学園」、そして原田知世で「時をかける少女」である。山口百恵は立派な映画女優なので、本当はアイドルと呼びたくない。また大林が製作に回った藤田敏八監督の「天使を誘惑」は、見事な『作家の作品』になっており、これと引退作の「古都」(監督は市川崑)はとてもアイドル映画とは呼べませんですね。仮にアイドル映画として括らなければならないとしたら、逆にアイドルは映画女優でもあった!と言うしかない。

松田聖子に話を戻す。作品は評価されたけれど、やはりファンが見たい聖子は、民(たみ)子ではなく歌のイメージ通りの、現代の恋する乙女のほうだった。よって主演2作目からは起動修正して 「プルメリアの伝説」(1983年、共演中井貴一)、「夏服のイヴ」(1984年、共演羽賀研二)、そして 「カリブ・愛のシンフォニー」(1985年、共演神田正輝)と続く。監督も順に言うと河崎義祐、西村潔、鈴木則文と職人たちであった。3作品ともDVDになっていない。東宝は発売しても売れないと判断しているのだろうか?YouTubの中で歌っている松田聖子を見て、もう一度、それらの映画を見たいと思ったのだが…。

この時代のアイドル映画は、ちゃんと興行として成功をしているのが、現在の大きな違いだろう。近年での正統的なアイドル映画の1本に、AKB48前田敦子が主演した「もしドラ」であるが、この作品の興行収入の少なさは、今や作品の出来がどうのではなく、わざわざ映画館まで足を運んでアイドルを見に来るという行為を、ファンがしなくなっている証明だろう。今やアイドルは『見る』ものではなく『触れる』ものなのである。どんな大きなスクリーンでアイドルの可愛い顔が映し出されても意味ないようだ。

それが80年代では、まだ大きなスクリーンで見るアイドルに価値があった時代だったのだ。もっとも、この『大きなスクリーンで見る価値』といった問題は、アイドルに限ったことではなく、映画界全体で考えねばならない問題なのである。そういった意味でジャニーズのグループが主演する東宝配給の「エイトレンジャー」がどうなるのか?女性アイドルはダメでも男子ならOKか?