「マネーボール」はベースボール映画として極上の味わい!

アメリカ人の【National Pastime】(国民的娯楽)は、ベースボールだと言われるだけあって、少なくても2〜3年に1本の割合で野球(本当はベースボールだが字数が多いで、以下野球)を題材にした映画が作られている。古くは大学教授がひょんな事から、木をよける薬を発見して大リーグで活躍する奇想天外な「春の珍事」、実際の名選手の人生を描いた「打撃王」「甦る熱球」、新しいところではキアヌ・リーブスが少年野球のコーチ役をやった「陽だまりのグラウンド」、そしてボクシング映画で言うところの「ロッキー」に値する、やったら出来る系の代表作「がんばれベアーズ」までといった具合にプロ、アマ問わず様々な作品が存在する。

それらの多くの野球映画での、舞台が大リーグのものであった場合、当然のごとく主人公がプレーに関わるものだった。しかしブラッド・ピットが作った(主演という意味ではない製作したという意味)「マネー・ボール」は純粋なベース・ボール映画でありながら、主人公は球団を強くするGM(ジェネラル・マネージャー)が主人公で、プレーには全く関わらないという異例の作品になっている。その実際のGMビリー・ビーンブラッド・ピットが魅力的に演じている。

大リーグにおけるGMの存在をきちんと把握しておかないと、この映画について行けないかもしれない。GMとは、そのチームの戦力に関わるすべての責任を負い、リーグチャンピオンを目指せる組織にすべく、選手の補強を行う存在である。そのシーズンを戦える戦力を整え、あとは監督(フィールド・マネージャー)に任せるという構造なのである。実はこのGMという存在は、日本のプロ野球にはいない。名声を博した選手が球団の監督になるとというケースが大半の日本のプロ野球では、その現場の監督の発言権の方が大きく、また『親会社』の意向という歪んだ構造もあり、純粋なGM制が根付かないのが実態である。

さて、映画「マネーボール」は2001年(ちょうどイチローがメジャーに渡った年)のリーグ・チャンピオンシップゲームの場面から始まる。オークランド・アスレチックスニューヨーク・ヤンキースの試合である。その時点で、オークランドにはジョニー・デーモンジェイソン・ジアンビといった強打者がいた。しかし、このゲームで負け、2002年のシーズンにはデーモンもジアンビも移籍してしまい、オークランドの戦力ダウンという展開となる。

こうした史実をきちんと描いてくれると助かります。勘違いして記憶していましたよ。この二人の強打者をオークランドビリー・ビーンの戦略変更で、放出したものとばかり思っていた。でも、この映画で順番が逆だったと知りました。二人が出てってしまって、どうしようという状況だったのですね。でも球団には金がないので、有力選手の年俸を払えない、でもジアンビの代わりを探さなきゃならん。そうした中の究極の選択が『セイバーメトリクス』のよる戦略だったのだということを映画は教えてくれた。

また、この理論はビリー自身が考えたものと思っていたが、頼りになる相棒がいたことを知る。ジョナ・ヒルが好演しているピーター・ブラントという数字分析のエキスパートだ。ブラッド・ピットもオスカー級の演技であるが、このジョナには助演男優賞を『リーチ一発』で獲らせてあげたいと思ってしまうほど見とれてしまった。トレード期限締切ギリギリで、シーズン後半へ向け獲得したい選手を、他の選手の放出と金をやり繰りして、電話一本で見事獲得する場面は(別な面での)野球映画の名場面でしょう。

ここでのピットは(実際の人物がいるのだから当然なのだが)、「ツリー・オブ・ライフ」とは全く異なる良い(離婚はしているが)父親像を演じていて、彼の実像に近いのではなかろうか。ラストの車の中で娘の歌を聞く顔は、なんとも言いがたい『男が素に帰った』表情を見せる。

結局、シーズンで20連勝をしながら、ワールド・シリーズには届かずシーズンは終わり、ビリーの元にボストンのオーナーがやって来て、彼を獲得しようとする。ビリーは金で移籍するような男ではなかったが、その理論の価値はボストンが提示した『史上最高のGMの移籍金額』に表れるというクライマックスは痛快である。そして、その理論を実践して(ジョニー・デーモンヤンキースに放出して)、ボストンは無事“ルースの呪い”を解いてチャンピオン・リングを手にするという事実は、正にメジャー・リーグの魅力そのものだ。

マイケル・ルイスのベストセラーを脚色の名手、スティーブン・ゼイリアン(「シンドラーのリスト」でオスカーを手にしてますね、次回作は「ドラゴン・タトゥーの女」だ!)が手がけた時点で、ほぼ作品の完成度は見えたようなもの。しかし、当初の監督はスティーブン・ソダーバーグだったとのこと。この物語は、彼のドキュメンタリー・タッチは合わないのは明白。「カポーティ」のベネット・ミラーでよかった(2作目の監督という意味で、こちらも賭けだが)。ベネットの盟友フィリップ・シーモア・ホフマンがビリーとぶつかる監督役をさらりと演じて見せている。

この映画を見るとメジャー・リーグを、さらにオークランド・アスレチックスをもっと見たくなる!