三谷幸喜監督の匠の技を堪能!

「ステキな金縛り」のプロットである『落ちこぼれ弁護士の、請け負った殺人事件での裁判の証人は、落ち武者の幽霊のだった』は、いままでの日本映画の概念では、企画自体が通らないと思われる、奇想天外なものである。しかし、このプロットをアメリカのコメディ映画として考えると、どうだろう。例えば「ゴースト ニューヨークの幻」(これアメリカではコメディですからね)、死後の世界に行った男が、霊媒師を使って自分を殺した犯人を捕まえ、恋人を助ける。このプロットに違和感はそう感じない。

アメリカ映画だと受け入れやすい奇想天外な話でも、日本映画となると違和感を感じたり、物語としてリアリティが感じられないとされるのは何故だろう。考えられる事は生死観の違いで、キリスト教とも関わりがあるだろうし、天使の存在がポピュラーなことなどが理由だろう。「ステキな金縛り」本編の中にも登場した「素晴らしき哉、人生!」に登場する天使をはじめとして、辛気臭い「ベルリン 天使の詩」もあるし、エンジェルスという野球チームを強くしてしまう天使を描いた「エンジェルス」なんてにもあったなぁ。

これが日本映画になると天使ではなく幽霊となってしまう。そして描かれる幽霊は『お化け映画』か、親しい人間の『霊』の存在の物語になってしまう。黒木和雄の傑作「父と暮せば」、大林宣彦監督の「異人たちとの夏」など。「〜金縛り」が画期的な映画となったのは、そうした日本的な幽霊の代表のような存在の『落ち武者の幽霊』を喜劇に登場させ、まったく違和感なくアメリカン・コメディばりに笑って、泣ける物語にしてしまったことなのである。

フランク・キャプラから、ヒッチコックワイルダーシドニー・ルメットなど、浴びるほどアメリカ映画を見てきたであろう三谷監督にしか出来ない技だ。要するにアメリカのハート・ウォーミングコメディの見事な応用編なのである。真似ではない、そのスタイルを映画の中に溶け込ませることに成功しているのだ。まずはタイトルクレジットにニンマリする。ヒッチコック映画におけるソール・バスのタイトル・デザインのようだ。そしてファースト・カットは丘の上に建つお屋敷だ。これは「レベッカ」のマンダレイ?それとも「サイコ」のベイツ・モーテルか?

この導入部だけでも、今回の三谷映画は舞台臭を排除した映画だということが分かる。竹内結子の二役も映画ならではですな。そのキャスティングと女優の使い方は、「はやぶさ」で情けなかった竹内の、敵討ちのように納得のいくもの。要するに、ここはファム・ファタールものの設定。この導入部で殺人事件の犯人を明らかにしているプロットは、TVで散々書いてきた「古畑任三郎」そのもの(元は「刑事コロンボ」だが)。

そう、この映画はすべてが三谷のホームなのだ。演劇が三谷のホームで、映画がアウェーと分けることすれば、そのアウェーの映画であっても、そこに展開されるシュチエーションは、三谷のホーム(言い方を変えれば得意分野のみ!ということ)と断言出来るのである。主人公の宝生エミが初めて更科六兵衛に出会う、奥多摩にある旅館『しかばね荘』のあたりは、三谷が敬愛する金田一耕助ワールドに満ち溢れているではないか!

法廷が出てこない法廷劇とも言える「十二人の怒れる男」が大好きな三谷監督なら、やはり法廷劇を描きたいだろうし、法廷そのものが劇場空間となることを十分に熟知している展開で、後半はいかに更科六兵衛が証人となりうるかに焦点が当たり、我々観客も登場人物たちも、殺人犯にされてしまっている矢部五郎を忘れてしまうのが可笑しい。そして作品のキーワードは『更科六兵衛の姿を確認出来る人間たち』だ。

エミには見える、他にも何人か六兵衛の姿が見える。敏腕検事は見えているのに、見えないふりをするというややこしさ。この敏腕検事に扮する中井貴一の見事な演技に、映画は大きく支えられている。彼が見えることを認めざるを得ない場面は、犬好きなら涙なくしては見れない。これは多分、三谷監督の実生活の、犬との関わりの要素がはいっていると思われる。

六兵衛を連れ戻しに来る、小日向文世扮する霊界のエージェントが、フランク・キャプラ映画が大好きというのが洒落ている。名作「スミス都へ行く」を見せてあげるから『3時間待って』というエミに、この映画の上映時間は2時間9分だ!という場面は、その台詞の前に“この映画は3時間ないよ”と思っただけに、映画ファンのツボを押さえら、やられた感満載だった。

こうした各出演者の一場面、一エピソードが、すべてラストシーンの感動への布石として計算されているところは、まさに匠の技だ。そして最後に、エミが六兵衛の姿を見えなくなってしまうのには大いに納得させられる。多彩な出演者一人一人をチェックするだけでも本当に忙しく楽しい映画だった。1シーンの出演の唐沢寿明の役名は『ドクター』だが、白衣にかかっていたネームタグ(アップにはならないので確認は出来ない)には、もしかして『財前五郎』なんて書いてあるんじゃないかと想像してしまうのである。

満員の新宿ピカデリーで見終わって出てくる観客の顔が、皆緩んでいる。思わず思い出し笑いしてしまう映画、こんな光景は本当に久しぶりであった。