役者、大泉洋と「探偵はBARにいる」の魅力とは?

新宿バルト9で「探偵はBARにいる」の予告編のヴァージョン違いを上映していたが、あれは週替わりだったのだろうか?メイキングを交えバラエティ番組のような面白い予告編だった(探偵が雪に埋められる場面だったな)。この予告編の作り方は「少年メリケンサック」でも行われていて、実は東映配給作品の十八番じゃないのか、ということになる。少なくとも東宝配給作品では見たことがない。

その予告編に出会う前から、正確に言うと制作発表のニュースを聞いた時から、『面白そうな』臭いが漂ってきた映画であった。その独特な雰囲気は、大泉洋という北海道から出た人気ものの俳優の主演と、作品の舞台がススキノという場所という相乗効果からくるものだろうか。これが70年代だったら、もしくは探偵役が松田優作だったら、明らかに舞台は新宿だろう。その優作の忘れ形見の龍平が競演というのだから、その雰囲気は余計にあるという訳だ。

そもそも大泉を最初に見たのは、10年以上も前になるだろうかテレビ朝日放送の、PUFFYの「パパパパパフィー」という番組でだった。番組途中から登場して場をさらっていってしまう、なかなか面白いピンのお笑い芸人さんだと思っていた。番組内での彼が占める割合が、回が進むと増えた印象があった。そして見ているうちに北海道の出身で、地元ではかなりの人気者ということが分かって来たのだった。

このパターンで思い出したのが松山千春だ。1970年の後半(77年か、78年だったか)北海道に出張したことがあり、ススキノのスナックで飲んでいると、そこの女の子が“あんたぁ、松山千春って知っとぉ?”と聞いてきた。当然のごとく“誰、それ?”となった。聞くと地元で大人気の歌手で、その子曰くそのうち全国的なスターになるとのことだった。顔も知らない、声も聞いたこともない、ただ名前を聞いただけの歌手の、そんな話を間に受ける訳はなく、適当に聞き流していたが、間もなく(それこそ)アッという間に「季節の中で」の大ヒットで全国に知られることになってしまい、ビックリしたものだった。

だから大泉の地元では大人気という話を聞いて、千春パターンですぐに売れるのかなと思ったが、PUFFYの番組終了と共に『消えた』という印象となる。実は地元のTV番組、または演劇フィールドにいたのだろうが、こちらの目の前からは消えてしまったことになり、よって忘れ去った訳である。次にその仕事を確認したのは『声』であった。2001年のスタジオジブリ作品「千と千尋の神隠し」の蛙の声である。その独特の“千はどこだァ”のフレーズは一部の子供たちの格好の物まねアイテムだった。ジブリ出身の高坂希太郎マッドハウスで監督した「茄子 アンダルシアの夏」(2003年)でも主人公の声を担当、声優になったかと思ってしまった。

劇場用映画で目に前に現れたのが2006年公開の「シムソンズ」。後から考えるとカーリングを題材にした映画で、北のスポーツということでの、北海道出身の彼をキャスティング(コーチ役)だったのか?なぜかコーチや監督役がハマるのか、「もしドラ」でも監督役だった。という訳で、「シムソンズ」以降、映画出演もあるのだが(「釣りバカ日誌17 あとは能登なれハマとなれ!」の普通の青年役は良かった!)、実写版「ゲゲゲの鬼太郎」のねずみ男があるので、どうしても色物系の印象も持ってしまっていた。

大泉の演技に魅了されたのは映画ではなく、TVだった。昨年放送の大河ドラマ龍馬伝」の近藤長次郎役は素晴らしい出来だった。土佐の饅頭屋の息子で、後に龍馬と一緒に亀山社中を設立する、商人から武士へと成り上がる男を見事に演じてみせてくれた。アミューズ系の福山主演のキャスティングのアドバンテージもあったかもしれないが、そんなことはどうでもよくなってしまうぐらいの(特に後半に見せ場あり!)魅力ある演技だった。

そして遂に主演映画「探偵はBARにいる」の登場である。携帯電話を持たない探偵という設定が気に入った。ゆえに連絡はいつもいるススキノのBAR。一人称のナレーションも入り(大泉の声)、ハードボイルドの雰囲気を醸し出しつつも、大泉特有の飄々とした表情とその演技のお陰で、フィリップ・マーロウで言うなら「三つ数えろ」のハンフリー・ボガートではなく、ロバート・アルトマンが監督した「ロング・グッドバイ」のエリオット・グールドの探偵のようだ。決して精悍な面構えではないが、黒いコートがよく似合い、全体の印象はスマートだ。そしてハード・ボイルドの基本である『タフで優しい男』が最大の魅力となっている。

映画自体はもっと変化球を用いた、犯罪映画なのかとの予想もあったが、意外や正統的東映セントラルアーツタイプの出来だ。まあ、監督が(もっと映画を撮ってくれ!)橋本一だから当然か。東映の社員監督という珍しい立場で、TVの「相棒」」「臨場」から劇場作「茶々 天涯の貴妃」(これは残念ながら見逃している!)と様々な作品をこなす実力派だ。映画監督としてのデビュー作「新・仁義なき戦い/謀殺」は傑作!これだけ東映のDNAを持っているのだから、この「探偵〜」の面白さは当然だろう。

原作があるとのことだが、ドンピシャリのキャスティングのため、まるで大泉のための当て書きのようである。その上で探偵ものに必要な要素であるファム・ファタール、バディ(龍平の役が面白い)ドンデン返しと盛り込まれているため、正統派の印象を与える。ひとつだけ文句を言うなら『観客の眼を外らすため』にゲイの酒場の二人に探偵が散々に殴られる件はいらないだろう。

観客と探偵を同時に騙すために描かれた場面だが、ここは無くても後半の効果は薄れないので、話が余計になってしまう。見終わったカップルの女の子が“話が良く分かんなかった、結局小雪は悪女なの?”と彼氏に聞いていたが、多分、この女の子は小雪が探偵を殴れって言ったんだから『悪女』だ!でこんがらがってしまうのだろう。一部の観客から『話の先は読める』と言われているようだが、読めて分かりやすい方が現代の観客には良いのである。

よって期待値が高い事を前提に、橋本一監督だったら、『もっと面白く出来た』感も残ってしまう。特に魅力的な悪役、高嶋政伸が殺されるのはいいが、一回龍平とアクション場面を(ここで殴り合いが必要!)こなしてからにして欲しかった。などと文句を付けるのは、このススキノのBARにいる探偵の物語がもっと見たいからである。TVサイズにしてしまわないで、プログラム・ピクチャーの魅力のままの第2作目に期待しているのだ。