充実の松山ケンイチ!

撮影していた時期は、それぞれ異なると言えども、ひとりの俳優の出演映画が1年間に3本もあるというのは、多すぎでしょ、と思いながらも、それらの作品が素晴らしいものであった場合は、また別な判断をしてしまう。この俳優さん、充実しているなぁと。

その俳優の名は、松山ケンイチ

今年公開の彼の作品は「GANTZ」の2作目と「マイ・バック・ページ」と「うさぎドロップ」の3本と数える。正月映画だった「ノルウェイの森」と「GANTZ」の1作目を加えれば、年間5本の新作上映だ。この中で、堂々の主演作は「うさぎドロップ」ということになる。他は二宮和也妻夫木聡菊地凛子という、その作品のメインとなる共演者(まぁ、W主演という言い方ですね)がいるからですね。

なんだか来年の大河ドラマの主演を務めるので、ほとんど映画の撮影に入れないから(大河をやりながら、映画の撮影を入れたのは宮粼あおいぐらいか)とばかりに、現場に居続けた感じですね。「男たちの大和」以降の作品は、ほとんど(「笑う警官」は見ていない!)見ているのだが、印象としてはひとつとして同じような役はやっていないなぁというもの。

メジャーから、インディーズまで縦横無尽の出演作で、「デスノート」をやったと思えば「神童」だったり、「人のセックスを笑うな」をやり、「デトロイト・メタル・シティ」もこなし、「カムイ外伝」も長期で取り組んだ。そんなキャリアの中で、かなり重要な位置を占める作品になるんじゃないかと思われるのが、新作「うさぎドロップ」だ。

TVアニメにもなった人気漫画からの映画化だが、その原作漫画を知らず、映画を先に見たせいかTVアニメのイメージが噛み合わないほど、映画化として成功しているんじゃないだろうか。このパターンは「のだめカンタービレ」にもあったと記憶する。それだけ松山ケンイチの主演映画として見事成立しているのだ。

主人公のダイキチ君は、普通のサラリーマン。一応、部下もいて残業もバリバリこなす、会社の中では若手の有望株。実家のお爺ちゃんの葬式で、6歳の女の子と出会う。そのりんちゃんは、なんとお爺ちゃんの隠し子(ダイキチにとっては叔母さん)。親戚一同、誰もりんの面倒をみようしない態度に怒ったダイキチは、勢いでりんちゃんを引き取りを申し出、ここから奇妙な共同生活が始まる。

この映画が他の映画と違って見えるのは、日本人の物語なのに、アメリカ映画が得意な(そして大好きな)擬似家族の物語を、しっかり描けているからだろう。一昔前のダイアン・キートン主演の「赤ちゃんはトップレディがお好き」をふと思い出した。一流企業のキャリア・ウーマンが、ひょんなことから赤ちゃんを預かることになり、働きながら育てようと決意するものの、企業から認められずクビになるが、そこから本当の人間らしい生活と愛情を得る(企業に仕返しもする)という物語。

擬似家族映画で最近印象的だったのは「怪盗グルーの月泥棒」。孤独を楽しんでいた怪盗の元に、孤児院育ちの3姉妹がやって来たことから巻き起こる、絆と冒険の物語だった。その擬似家族の愛情と絆が大好きなアメリカ映画に比べて、日本は実際の家族の問題(「トウキョウソナタ」のよう)の方がお好きなようで、なかなかこうした(まあ親戚だからアメリカほど擬似ではないが)物語はなかった。

りんを保育園に入れたものの、送り迎えに四苦八苦。そこでダイキチは残業のない部署に移動を希望する。いままでのキャリアを無駄にする覚悟だ。配属された部署はいわゆる配送部。そこにいるガテン系イカツイあんちゃん達が、ほとんどシングルファーザーというのが笑える(シングルマザーで部署移動した池脇千鶴もいる)。また保育園にコウキ君をあずける、モデルでシングルマザーの香里奈も登場する。

この映画、キャスティングの勝利でもある。池脇や香里奈にシングルマザー役を振って、意外性で見せる部分と、実家の両親は風吹ジュン中村梅雀という鉄板なキャスティングで、安心させてくれる部分のバランスが良い。母に『子供を育てるのが、どれだけ大変で、私がどれだけのことを犠牲にしたと思う』という台詞がダイキチに痛く刺さり、それを気にしている様を、とっくに見抜いている父。ここの場面に、子供を育てたことのある人間なら、グっと来ない奴はいないだろう。

このダイキチという青年を松山ケンイチは、時にコミカルに、時に真面目に演じてみせる。りんが熱を出しても何もできない自分に、思わず涙するダイキチ。ここでも泣く男が魅力的だ。今年の日本映画を語るキーワードは『泣く男』だ。「マイ・バック・ページ」の妻夫木聡、「神様のカルテ」の櫻井翔、そして松山と、男が泣く、泣いていい、その瞬間を見せて画にしていいのだ。

こんなアメリカンテイストな(リメイクが可能ですな)映画をSABU監督が作るとは、意外であった。そう監督の特徴を知っているわけではないが、この味わいいいですよ!!