難点だらけの「パイレーツ〜生命の泉」でした

どういった形でジェリー・ブラックハイマーに説得されたか知らないが、終わったと思っていた「パイレーツ・オブ・カリビアン」のシリーズが作られ、ジョニー・デップジャック・スパロウとして帰ってきた。しかし前3作の主要人物のウィル・ターナーとエリザベス・スワンは登場させなかった。それは良しとしよう。しかし、問題はその冒険の仲間を登場させないことで、ジャックに全く仲間のいない物語にしたとが、今回の大きな難点となった。

要するに、このお話が全世界で受けたのは、ジャックとその仲間(ブラックパール号の乗組員も含む)たちが、皆んなして冒険に向かう設定だったからだ。そこに、それぞれのキャラクターの魅力が加わった結果が、ランドのアトラクションの映画化だけで終わらなかった要因なのだ。しかし今回のジャックは全くの孤立した、単なる生命の泉への案内人である。ジャック自身の冒険の話に全然なっていないではないか!

新たなキャラクターの女海賊のアンジェリカも(完全に女優が一人必要なだけの添え物と化している)、宣教師のフィリップも決してジャックの仲間ではない。ただの旅の道連れに過ぎない。ロンドンで助けたギブスだけはジャックの味方だと思いきや、その展開にもならない。これではキャプテン・ジャック・スパロウではない!他人の船に乗って命ぜられるままに泉まで海賊黒ヒゲを連れていく脇役である。

そうした誰かと対敵するシュチエーションにないジャックであるから、アクションシーンがほとんどない。これが決定的なこの映画の弱点である。クライマックスはジャックのアクションシーン(よって海賊映画になっていない!)というお約束を、無視してしまってはダメでしょう!スペイン軍という権力をギャフンと言わせてこそ自由を愛する孤高の海賊なのに…。

そんな軟弱な部分満載のこの映画を救っているのが、我らがバルボッサだ。このジェフリー・ラッシュ扮する魅力的なキャラクターがいなかったら、どうなってしまったことか!ロンドンでジャックと再開した場面から、その胡散臭さで場をさらってしまい、さすがの彼も権力に屈したかと思わせ、実はバルボッサの目的は黒ヒゲへの復讐という展開は拍手喝采の面白さだ。

実はラッシュにとっては「英国王のスピーチ」より、このバルボッサの演技のほうがおそらく難しいのではないだろうか。しかしそれを感じさせず、“楽しく演じているなぁ”と思わせてしまう圧倒的な技量である。こうした演技にオスカーの助演男優賞が与えられる時代が来て欲しいと願いますな。

では、なんでこれほどまでにバルボッサ寄りの映画になってしまったのか?それは今回の監督がロブ・マーシャルだったことが大きな原因じゃないだろうか。この監督は全然アクションには興味がないのだろう。よって少しもジャック=ジョニー・デップに意識が向かっていないことを感じるのだ。ジェフリー・ラッシュ(やはり名優ですからねぇ)を使ってどれだけケレン味のある場面が撮れるかが、この監督にとっては重要だったとしか思えないのだ。

これはどう見たってブラックハイマーの監督選出ミスでしょう。まぁ、製作時から“なんでロブ・マーシャル?”という不安があったけどね。そしていかに前3作のゴア・ヴァービンスキーが職人監督として良い仕事していたかを思い知ったのだった。

あとの見どころは、人魚さんでしょ。TVスポットでも売りとするのは当然で、怖かったり可愛かったりで中々面白い。最初に現れた怖い人魚が、目が大きくアマンダ・セイフライドにそっくりでイイですなぁ。が、人魚レシーナのほうは、フィリップを助けたのか、海に引きずり込んでしまっただけなのかが明確になっていないところが、決着としては弱い。ここは思い切って「スプラッシュ」にすべきだ。

これだけ世界的に大ヒットしてしまうと、もう止めにくいだろうが、ジョニー・デップの名誉のためには、もうブラックハイマーはここで「パイレーツ」は終わりにすべきだろう。