魅力的な二人のお婆さんの映画

いしだあゆみ、63歳。ヴァネッサ・レッドグレイブ、74歳。共に老齢の女優と言わざるを得ない。その二人がそれぞれ主役に負けずに重要な役を演じた作品が公開されている。いしださんは「エクレール お菓子放浪記」、ヴァネッサは「ジュリエットからの手紙」である。

人間誰でも歳を取る。どんな美しい女性でも老いがやって来る。その時、原節子さんのようにスッパリと表舞台から姿を消し、老齢の姿を世に見せずに神話の世界に入ってしまうか、エリザベス・テイラーのようにあくまで美に執着し、美しさをすこしでも維持したいという意識の塊となるか、その二つの選択に迫られるのである。もちろん、その二つだけでなく八千草薫さんのように、老いて尚、美しい佇まいの女優さんも存在する。

結局のところ、洋の東西を問わず歳が行くと役がこなくなるのだ。まだハリウッドやフランス映画のほうが、キッチリ年齢にあった役を用意してくれるが、日本映画の場合は、お婆さんの役は若い時に人気のあった女優さんには振られず、最初からお婆さんの女優さんがキャスティングされてしまう。若いときアイドル女優で、年齢が行ってきっちり仕事できた代表は、今は亡き田中好子さん。また宮崎美子さんも最近は、お母さん役で引っ張りだこである。しかしお母さん役までで、お婆さん役まではなかなか振りにくいのだろう。

そんな中、いしださんは目を疑うような強欲ババア役を見事に演じて見せたのが「エクレール〜」だ。東北地方全面協力のこの映画は、タイトルだけ聞いたら、なんかお菓子職人が、全国の珍しいお菓子を探す放浪記みたいなものを思い浮かべてしまうが、実は戦中、戦後直後の日本の姿と、その時代エクレアを食べてみたいと想い続けて逞しく生きぬく少年を描いた作品。

いしださんは、この主人公の少年を孤児院から引き取る一人暮らしのお婆さん。最初は身寄りのない少年に愛の手を差し延べる心優しい人物かと思いきや、実はこの少年を映画館で働かせたりして、儲けを掠め取るとんでもない婆さん。少年が怪我をして仕事が出来ないと見るや、とっとと何処かに養子にやってしまおうとする。少年はその婆さんから逃れる為に家出をして全国を放浪することになる。

最後は、そんな強欲婆さんの目にも涙となるのだが、その涙も含め、いしださんのその演技に魅了されっぱなしだった。これは「ブルーライトヨコハマ」でアイドル歌手であった時代を考えれば、とんでもないチャレンジだ。しかし「泣くもんか」でもそうだったが、いしださんは立派な女優さんなので、そこをきっちりと演じてくれるのだ。

この歳の取り方は、近年の女優さんではベストでしょ!

一方、いしださんより更に10歳以上年上のヴァネッサは「ジュリエット〜」の中で50年前の手紙を頼りに、その時愛した男性を探すお婆さん役。劇中、探していた人物ではないイタリア男性たちの“俺もロレンツォだけど、俺じゃダメ?”攻撃を受ける傑作な場面があるが、その言葉に説得力がある、ヴァネッサの美しさである。

名門の俳優一家に生まれた彼女は演技力は折り紙付きであるが、ここまで美しく年齢を重ねるとは思わなかった。ヴァネッサと言えば、なんたって1968年の「裸足のイサドラ」だ。封切は間に合わなかったので、旧文芸座で見たときは(イサドラ・ダンカンの薄布の舞踏の衣装もふくめ)驚きとときめきだった。

その時の若さをすぐに放棄して、演技の成熟度のほうに向かって作り上げたのが、ジェーン・フォンダと共演したフレッド・ジンネマン監督の「ジュリア」だ。映画史に残る傑作である。
知らなかったのだが、あのマカロニ・ウエスタンでも有名なフランコ・ネロと「キャメロット」で共演した後、結ばれたものの、籍を入れたのが2006年ということ。そのネロが今回のクレアというお婆さんが探し出したいロレンツォ役で夫婦共演となっている。映画そのものは、このクレアの恋人探しからラストは、クレアの孫と主人公の女性ソフィーのラブストーリーとなって後味が良いものだが、それもヴァネッサが居てくれたからだ。

アメリカ映画でもいい、日本映画でもいい!もっと、もっといろいろな歳を重ねた往年の女優たちの今の映画を見たいものである。そうした映画が出来てこそ映画の活性化でしょ。「パラダイス・キス」のようなお子様御用達映画はちょっと勘弁なもんですから…。