「もしドラ」のもうひとつの楽しみ方

もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」(長いタイトルなので、以下「もしドラ」)はAKB48前田敦子峯岸みなみが出演しているのだから、当然のごとくアイドル映画である。実力はあるのに目的意識を失った、高校の野球部のマネージャーになった女子高生が経済書『マネジメント』に出会って、高校野球とその勝てる戦略を見つけていくという、お馴染みのストーリーだ。

主人公の女の子に、吸い寄せられるように集まってしまって1つになるという青春群像劇は、この作品の配給会社の東宝が、かつて得意としていたジャンルだ。主人公は内藤洋子のデコすけ、チームのキャプテンには東山敬司という黄金のパターン。その論点で行けば、この映画は東宝のアイドル青春映画の王道の再現に成功したと言えるのである。

先代のマネージャーで、主人公のみなみ(前田)の幼なじみの友紀が心臓病で、野球部共々頑張って病気と闘うというサイドストーリーがちゃんとあり、チームと一緒に成長する先生(大泉洋がイイ味だしているぞ)もいたりして、見事に輝いている青春映画の誕生だ。しかし、この映画にはもうひとつの楽しみ方があり、オヤジ的にはその方が引き付けられてしまった。それは高校野球をする一人の俳優の魅力である。

俳優の名は池松壮亮前田敦子とは日テレのドラマ「Q10」でも共演していた若手実力派だ。ほとんどの池松くんファンは、「ラストサムライ」からだろうが、男子としての魅力を発揮し始めたのは「DIVE」からで、主演の林遣都より“カッコいい!!”という女子の声を聞いた。この池松くんが俳優とともに野球小僧だった事を知ったのは、実はつい最近のこと。平山秀幸監督の佳作「信さん 炭坑町のセレナーデ」の後半、映画の中で池松くんがキャッチボールをするシーンのおかげである。

野球をそこそこやったことのある人だったら、キャッチボールの投げ方ひとつで、“この人は野球をちゃんとやったことのある人だな!”と分かるでしょ。まさに「信さん」のキャッチボールのシーンで池松くんの肩の回し方、肘の使い方を見て“おっ、この子はやってる!”と思ったものである。さっそく調べてみると、かなり真剣に野球に取り組んでいたと知る。と同時に「もしドラ」に彼がキャスティングされているのを知り、飛び上がって喜んでしまったのだった。

そう、「ROOKIES」で大いに不満だった、野球が出来ない(高岡蒼甫が若干か?)俳優ばかりの出演で作られる野球映画ほど惨めなものはない。他のスポーツより、その姿で本当にやったかどうかが分かるのが野球。ここでは池松くんの本物の野球小僧っぷりに救われ、不満が無事解消したのだった。確かにエラーばかりをするショートを守っている男の子は、なんぼ高校野球でも、そりゃないわと思ってしまう野球のレベルだが、それら引っ括めて、池松くんの野球っぷりは、すべて包み隠してしまったのだ。

役者としての池松くんの今回の本気モードは見事で、やる気のないエースを叱るミーティングの場面の長台詞と、みなみに思わず手を出す場面。天下のAKBのセンターを張る一流のアイドルに、あそこまでやってしまうとは!!

また、日本の野球という競技の現状をチラリと盛り込んでいることも見逃せない。主人公のみなみは学童野球の4番でエースという設定。そう、中学に上がる前の地域の学童野球には、男女の区別なく参加できるのだ。それが中学から男女混合の競技ではなくなる現状を、みなみは知らないというエピソードは“知らなかったのは、私だけなんだ”というキーワードになる。

また大泉さん扮する監督は、技術論より戦略論の人で、高校野球の歴代の名監督に憧れているのが微笑ましい。池田高校の蔦監督と取手二高の木内監督の実名登場である。またメジャーリーグよろしく、送りバントでわざわざアウトをひとつあげることは攻撃側の損、という論理も日本の高校野球に対する疑問符となっている。

そして、この映画が青春映画と共に高校野球映画になっている最大の理由は、ドラッカーの『マネジメント』が高校野球の戦略にほとんど当てはまっていたのに、唯一置き換えられないものがある、ということにみなみが気が付く結末である。企業という組織には成果が求められるが、高校野球の真髄は別なものがあるというところだ。実に爽やかでイイ!!

監督は「うた魂♪」で合唱青春映画を作ってみせた田中誠。この監督は画面で不用意に遊んでしまう画を撮ってしまうところが、気になってしまう人だ。今回も本屋の店主の石塚秀彦と青木さやかの掛け合いの場面がギリギリで、あれ以上やったら映画を壊しかねなかった。しかし、素晴らしい場面もしっかりあり、特にグラウンドでエースの浅野君とみなみと、池松くん扮する次郎がトライアングルになって『みなみと一緒にやってきてよかった』と語り合う場面を引きの画で撮ってみせたのは秀逸だった。

アイドル映画、青春映画、そして高校野球映画と盛り沢山な楽しみ方の出来る映画、それが「もしドラ」である。