らくだ工務店「戦争にはいきたくない」を見て

映画だけではなく、TVドラマなんかにも目が効くため、信頼して情報交換している友人K氏に教えてもらった劇団らくだ工務店の、第20回公演「戦争にはいきたくない〜あるネジ工場の景色〜」を下北沢で見る。18回、19回公演と見てきたので、今回が3回目。K氏からも『今回は再演ものだよ』と聞いていたが、入り口でもらったアンケート用紙で確認できたが、13回公演の再演の演目だ。

この作品は、再演希望のアンケートの投票が多かったのだろう。まさにその希望通りの見事な出来栄えになっていた。ストレートに言えば自分がもっとも好む人情劇として、大いに楽しむ事が出来たのだった。何より下町のネジ工場という設定がいい。技術的に誇るものがありながら、経営のほうはやはり苦しい。思い出すのはNHKドラマ「ハゲタカ」の銀行に倒産に追い込まれる、栗山千明扮する女性記者の実家だな。

設定の場所は荒川土手あたり。小津安二郎の「東京物語」に登場する、あのあたりと勝手に想像する。その町工場に働く社長と従業員の日常風景だ。「男はつらいよ」のタコ社長の工場で働く若者のイメージがあり、すんなりと物語にとけ込めた。その物語には、社長の妻の病気と、犬を飼うという核となる部分がしっかりあることが、今回の作品に最大に好感をもつ点である。

日常の心象風景を描く作品にありがちなのが、物語の根幹の部分の欠如。だらだらと日常だけ描いて見せればいいというだけでは観客を最後まで引っ張れない。太い幹となるストーリーがなければならないと考える。3回目のらくだ工務店の観劇の中で、初めてその『縦糸』が見えたのだ。物語はその『縦糸』から、様々な横糸に広がればいいだけだ。その広がりは各登場人物たちにキッチリ振り分けらた構成となっていて、観客を引っ張っていく。

なかでも、社長の他に重要な登場人物は二人。国籍不明な外国人のレオさんと、金色のネックレスが過去を想像させるワケありな金子さんだ。他には大企業を辞め、この工場に入ったことを、奥さん(現在妊娠中)に1年3ヶ月も言えない経理畑の男。足の不自由な社長の姪、その娘に想いを寄せる保険屋。その人々をいつもかき回しながら笑いに包む一番若い従業員の敬太くんと、工場の面々のアンサンブルが見事だ。

レオさんに象徴されるのが、今の日本の工場を支えているとも言える外国人労働力。このレオさんの国で始まった戦争と、かつて日本にも戦争があり、この工場がある場所でおきた東京大空襲とがダブった形で語られる。停電の中、死者の霊がこの工場内にいるんじゃないか、というエピソードがあり、おやっ、これは井上ひさし氏の「父と暮らせば」的な死者との会話となるかと思ったが、そこまで突っ込んでは来なかった。

この作品の唯一の残念な点は、この霊のところが、いささか中途半端に終わってしまったことと、停電内の会話が少し本題から外れるあたりだ。そこさえなければパーフェクトだ!

金子さんをシニカルに演じる古川さんは、いつも上手いなぁと感心し、社長役の林さん共々大好きだ。今回の古川さんの見せ場は、隠していた過去を暴かれた後半ではなく、社長の姪に保険屋が、気があることを知って“方向一緒だろ、駅まで送って行きな!”と保険屋を応援する、さりげない優しさを見せる場面だ。

そんな優しい金子さんの過去を暴こうとするヤクザものに扮する山路和弘さんの迫力は流石だ。ありゃあ「ブルー・ベルベット」のデニス・ホッパーでしょ。または「800万の死にざま」のアンディ・ガルシア系(ちょっとアンディの方が若いけど)といった場をさらう役だ。彼の脅迫と、その後の金子さんのとった行動の解釈は観客に委ねられてるが、今回はそれでいいと思いますね。

作、演出の石曽根さんの書くものには、いつも『死』がついてまわる。これは人間はいつかは死ぬんだ、死ぬために生きていくのだ。そのために今、そして明日必要なものは何かを投げかけてくる。彼自身がパンフレットに書いてる『僕は出来るだけ普遍的な物語の断片を丁寧に描きたいと強く思います』という言葉がその現れだろう。

その想いがすべて詰まっているのが、社長が奥さんを“はるこさん、僕と散歩してくれませんか!”と呼びかけ抱き締める感動のラストシーンだろう。逃げなかった社長さんと、その周りの人々の、明日も生きるという見事な幕切れである。

大満足でした!再々演もありじゃないでしょうか。