「人間の条件」という超大作

小林正樹監督作品は「切腹」(リメイクタイトル「一命」はいいけど、何で3Dなのか、は分からん!)、「怪談」「上意討ち 拝領妻始末」、ここからリアルタイムで「いのちぼうにふろう」(大好きです!)「化石」「燃える秋」「東京裁判」と代表作はちゃんと見ているのだが、なぜか「人間の条件」だけは今の今まで見てこなかった。

あれは1970年代後半だったろうか?夏になると旧新宿ピカデリー(今の新ピカの場所に古い新宿ピカデリーと新宿松竹という映画館があったことも今や昔か)で、いわゆるイッキ見の「人間の条件」6部作一挙上映のオールナイトが開催されていた。中学3年生からオールナイト映画に普通に行っていたので、この「人間の〜」のオールナイトにも当然ながら、行こうと思えば行けたのだ。

しかし、メインビジュアルである仲代達矢の髭面の顔に、硬派な社会派の反戦映画の臭いと、その敷居の高さを感じ(ティーンエイジャーには当たり前ですよね)、どうしても『見よう!』という気にならなかった。要するに、小林正樹監督を語る資格がないまま、今までいたと言うわけだ。現在、銀座シネパトスで特集上映中の『巨匠・小林正樹の足跡』で、5日間で2部づつの上映形式で「人間の条件」全6部がかかると知り、遂に見ることが出来たのだった。

合計すると上映時間は9時間35分にもなる、やはり超大作という言葉が似合う映画だ。しかしエンタテインメントかと言われれば、違うと答えざるを得ない。すべて軍事国家と戦争が起こした悲劇であり、その批判の映画なのだった。その部分での敷居の高さがあったのだろう。

実は最初から軍人さんの映画だと思っていた。しかし1部と2部では主人公の梶(仲代達矢)は満州鉄鋼のサラリーマンだ。その鉄鉱石採取の現場の労働環境に対し、改善も求め効率を上げようと苦闘する企業人の話ではないか!この話って山崎豊子の「沈まぬ太陽」そのもの、その戦時中版じゃないか!中国人を使いながら鉄鉱石を掘り出し、その中国人たちを搾取している企業内部と、主人公の人間の良心による対立はスリリングだ。

敢えて言えば、この1&2部が一番エンタテインメントな部分を持っている。慰安婦に扮する淡島千景の妖艶な演技が見どころにもなっている。また梶と一緒に労働管理者となる山村聰も魅力的だ。最終的に梶に赤紙が来て入隊しなければならなくなり、企業から追い出される形で2部が終了となる。

3部、4部がもっとも『悪いのは軍隊という組織』という徹底した描写だ。すなわち自分の信念を貫こうとする梶に対する軍隊内の上等兵による暴力だ。重要な登場人物は、梶と同じインテリ軍人の佐藤慶と、軍隊に馴染めない気弱な二等兵を演じる田中邦衛だ。田中は結局自殺をし、佐藤は隊を脱走するという、この地獄から逃れるにはこの二者択一しかないと結論づけているようだ。挙句の果てのロシア軍との戦闘で、梶がいた隊は全滅して4部終了。

5部&6部は、生き残った梶と何人かの敗残兵と民間人の逃亡と飢え、そしてロシア軍に投降しての収容所生活の悲惨が、これでもかと描かれる。この部分は、またまた山崎豊子の「不毛地帯」の前半とそっくりだ!需要な登場人物は逃亡を共にする民間人の中村玉緒と、梶と対立する上等兵役の金子信雄だ。この金子を殺し、梶は収容所を脱走する。すなわち戦争は終わっているのだから、梶は殺人者となる。そしてなんとか妻(新珠三千代)の元に帰ろうとするが、吹雪の中に倒れてしまう梶を映し映画は終わる。

なんという暗い映画だ!悲惨な運命なんだ!しかしそれが日本の軍事国家が辿った軌跡の、真実の姿だと映画は訴えかけてくる。五味川純平の原作はロシア文学にあて嵌れば「戦争と平和」になるのだろうか?ベストセラーとなった大河小説というが何巻あるのだろう。これを映画にした小林正樹の、執念というしかない製作意欲には恐れ入るしかない。面白いとか面白くないとかは関係なく、見ておかなければならない映画なのだった。