松本清張映画と麗しの女優たち

4月の銀座シネパトスの名画座としての特集上映は松本清張原作映画だった。その中で、あまりお馴染みではない65年の大映作品「花実のない森」を見に行く。自分の中で清張映画といえば松竹なので、大映のそれも若尾文子の主演作は意外の1本で、若尾さんは、どちらかというと谷崎系の女優さんで、清張作品のイメージがないのだ。

そもそも清張原作で最初に劇場で見たのが、中学3年生の時の「内海の輪」という変わり者なので、清張映画は松竹が作るエッチな大人の映画という印象から入ってしまった。その後「砂の器」のような社会派ミステリーの大作や、「迷走地図」のような政治の裏側を描写した作品も知るようになるが、ともかく最初は、松本清張=女性が主人公の愛欲と犯罪のドラマだったのだ。

影の車」「黒の奔流」などで描かれる、大人の女性の裏側を中学生が分かるわけないのに、眼を皿のようにして見ていた訳だ。特に「内海の輪」はいわゆる愛欲シーン満載(思い込みかも)で、今の劇場のレイティングに当てはめれば『R-15』なんじゃないだろうか。

その「内海の輪」の主演女優こそ、麗しの岩下志麻さんなのだった!

当時の大人向け週刊誌(大衆かアサ芸かは忘れた)のインタビューで、「内海の輪」の共演者である三國連太郎が“志麻ちゃんは凄いよ、役柄だとは言え、浴衣の下になにも着けていないから、こっちが困ったよ”とかいう記事を読んだ記憶があり、こちらの志麻さんに対するイメージは、役柄の人妻そのものとして膨れ上がるばかり。

そして映画のクライマックス、若き日の野性的な魅力に溢れていた中尾彬とのキスシーンで、志麻さんが付けていた口紅が全部落ちてしまう激しい接吻にビックリ、ドッキリだった。決して全裸になってどうのではなく、大人の女性のエロスとはこういった表現で描かれるものだと知ったのだった。

「花実のない森」で若尾さんが演じるのも、自由奔放な人妻役。夫は車椅子の障害者という設定なので、『こ、これは「チャタレー夫人の恋人」の設定ではないか!』とこちらは思い込んでしまう。出会った男を次々に翻弄して嫉妬の塊にさせてしまうというファム・ファタール(運命の女)で、その陰で殺人事件が起きるというミステリー。

そう、もう一人の麗しの女優、若尾文子さんが出演当時31歳という、勝手に言わせてもらえば、最も美しかった時期の作品だ。この美しさでは、役の中の船越英二田村高廣といった男優陣が嫉妬に狂う設定も、説得力があろうというもの。俗に言う『脂が乗り切った』時期の若尾さんで、前年に「「女の小箱」より 夫が見た」や「卍」があり、翌年には「刺青」「赤い天使」などの代表作が登場する。

この松本清張映画は若尾さんの代表作にはならなかったかもしれないが、松本清張の原作映画を撮ろうとした企画というより、若尾さんの美しさを活かす企画を探していたら、この原作にたどり着いたんじゃないかと思ってしまうほどだった。今まで松本清張映画は岩下志麻映画と決め付けていたが、そこに若尾文子もいた事を知ったのであった。