井上真央に驚かされた!

NHKで放送された壇れい版「八日目の蝉」は見なかった。なんか壇さんのイメージと話の内容の幼児誘拐が、なんだか合わない印象だったのだ。さらに言うと、この手の話はやはり重たく感じてしまって、楽しめないだろうなと敬遠してしまった。しかし、これが映画ともなるといささか話が異なり、また監督がキチッと物語を語れると思っている成島出だとなれば、余計に『見なければ!』となる。

角田光代のベストセラー小説の映画化ということだが、原作は読んでいない。誘拐犯側の描写としたらしいTVドラマ版と、誘拐された後、開放され、成長した薫という女性側に比重を置いている映画版の違いが大きいとは聞いていたが、原作はどちらなのか?NHKをちょっとだけ見た、と言っていた人の感想は“女性版「逃亡者」だったよ”とのこと。でも自分自身でTV版を見ていないので比較は止めよう。

ただ映画版のキャスティングを見た時の印象は、それほど良くなかった。永作博美に母のイメージがなく、さらに、その娘役の井上真央には、そうした暗い過去を持つ娘のイメージがなかったのが正直なところ。結局、幼気な子供の泣き顔に“どうぞ、泣いて下さい”じゃないのか、と思っていた。宣伝文句の『やさしかった私のお母さん、は私を誘拐した人でした』の文言からもそんな印象だった。

しかし、やはり成島監督は、そんな安易な映画は撮らなかった。幼児誘拐という行為が、どれだけの人に悲しみをもたらすか?しかし、当の誘拐された少女が、誘拐に気付くことなく、その一瞬の幸せを、どうかみしめてしまったか、を見せてくれるのだ。そして、その役は井上真央に振られ、彼女はいままでの彼女が持つイメージを見事に覆す演技を見せてくれたのだった。

中盤の誘拐犯の永作と子供が逃げ込んだ先の、女性専用駆け込み寺のようなエンジェル・ホームの描写の部分までは、いささか展開の無理と、リアル感にかけるきらいがあり、のめり込むまでには至らなかった。後半に登場する、落ち着いた佇まいの風吹ジュンに比べると、エンジェルさん役の余貴美子さんはギャグぎりぎりであった。しかし、物語を小豆島(映画ファンにはお馴染みの「二十四の瞳」の島ですね)に移してからは完璧な展開だ!

かつて誘拐されていながら、母(その時点ではそう信じている)と暮らした島の暮らしを確認すべく、島を訪れた大きくなった薫。映画は今の薫と4歳の(保護される寸前)薫を巧みなカットバックで描いてみせる。その小豆島の美しさと、幼い薫の島の少女としての暮らしの丹念な描写は見事!それがラストシーンの自分の心と向かい合う薫と結びつき、感動を呼ぶのであった。

七日目に死ぬはずの蝉が八日目まで生きていることは、幸運なのか、不幸なのか、を主人公の薫に誰しも当てはめて見ることが出来る仕掛けだ。よって前半の空っぽな薫の人生は悲しい。恋人めいた(劇団ひとり、ちゃんと演技できますねぇ)男はいるが、少しも絶対的存在ではない。最後に彼女の心を埋める役目を田中泯に託した絶妙のキャスティングに納得である。

井上はいままでの役柄と異なるといった以上に、こうした役そのものをこなしたことはないだろう。かなり厳しく成島監督の演技指導があったようだが、その期待に答えたといっていい。アイドルから女優へ変わる瞬間には、必ずと言っていいほど優秀な監督との出会いがある。相米慎二大林宣彦森田芳光といった監督たちは、そうして女優たちを育ててきたのだ。今ここに成島出監督も井上真央を女優に仕立てたのだった。