「マイ・バック・ページ」に大感動!

去る2月に開催された2010年度のキネマ旬報ベストテン表彰式の席上、読者賞を受賞された川本三郎さんは、喜びのコメントを述べると共に、「マイ・バック・ページ」に触れ『妻夫木聡さんに似ているって言われるんですよ』と笑顔で語った。その時は、川本さんも受けを狙ったコメントをするんだなぁ、と思って聞いていたが、本編を見てビックリ!本当に似ているのだ!これは川本さんをすこしでも知っている方が見れば、皆そう思うだろう。

映画の後半、「十九歳の地図」(1979年)の試写を見終わった、主人公の澤田(妻夫木)は、キネマ旬報の記者と挨拶を交わし、最新号(和田誠さんの表紙)を受け取る。その何気ないシーンが川本さんにそっくりなのだ。その後、街を歩いて一人居酒屋へ入る。映画の評論と一緒にライフワークのようになっている街歩き。その何カットかの佇まいが、これまたそっくりであり、それこそが映画による原作者へのリスペクトの表れのように映った。

そう「マイ・バック〜」は1969年から72年まで新聞社に勤務していた時の、川本さんの実体験の衝撃のドキュメントが原作となっている。物語自体は、原作で描かれる事件にを中心としていて、先に原作を読んでしまっていたので、個人興味は物語より、その時代の雰囲気が出ているかどうかだった。冒頭の胡散臭い露店のうさぎ売りから、建設中の京王プラザホテルの映ったところで、“あぁ、この映画はもう安心だ”と思った。

まさに激動の時代、自分自身に当てはめると小学校6年から中学3年までという多感な青春時代ではあったが、社会の仕組や動向など深い部分では、全くの無知であったが、なんとなくピリピリしていながら、一方でフワフワした時代という実感はあった。その時代そのものとして登場するのが、松山ケンイチ扮する梅山という男。その男に翻弄される澤田は実は、時代に翻弄されていくという構図だ。

時代のアイコンとなるパーツは様々に登場する。この辺が「ノルウェイの森」を見たときに、なんで時代を70年代に設定する意味が分からなかったのとは大違いだ。アポロ11号とTVのブラウン管。どこでもタバコを吸う時代とハイライトという銘柄。ビールは瓶ビールで大瓶が基本(会社は写さず)、喫茶店の構えとスパゲッティナポリタン、ガード下文化の有楽町、封切り作品だった「ファイブ・イージー・ピーセス」と「真夜中のカーボーイ」、そして『ガロ』、とちょっと挙げただけでもこれだけある。

そのパーツを見るだけでも幸せになってくる。それは多分、一方で語られる事件が重苦しい『嫌な感じ』のものだからだろう。だからこそ、その7年後として語られる、試写を見た後の澤田が迎えるラストシーンに、『孤立』していた男の青春がはっきりと見え、こちらの涙を誘うのである。

そうした映画の内容以前に感心したのが、映し出された画面が持つフィルムの質感だった。近年ほとんどの映画がデジタルで撮影され、デジタルで上映されピカピカの画面ばかり。しかしこの映画はどこを見ても、フィルムだ。頂いたプレスを見て納得。監督は時代らしさを出すために16mmで撮影したとなっていた。もうひとつの時代らしさは、キャスティング。なんと、あがた森魚さんが登場。彼は72年に「赤色エレジー」でデビューという、この時代のアイコンなのだ。

脚本はかなり難しかったと思うが、見事な出来栄え。山下監督の間を少しズラした演出もここでは控え、ストレート勝負の演出(長回しはあるが)が好感を持てる。山下監督の三浦友和さんへの信頼が、かい間見える(なんたって「松ヶ根乱射事件」ですから)ワンシーンだけの登場が画面をグッと締めていた。

好きなシーンは澤田と梅山がCCRの「雨を見たかい」を唄うところ。ちゃんと妻夫木と松山が唄っているようだ。サントラに収録されているのだろうか?この場面も日頃からCCRが大好きと公言している川本さんへのリスペクトですね。

キネマ旬報に『映画を見たらわかること』の連載中に、この映画が完成したことは、キネマ旬報にとっても、これほど幸せなことはあるまい!本当に感動させられた、素晴らしい映画でした!