「ツーリスト」を楽しむには…

ジョニー・デップアンジェリーナ・ジョリーの共演という話題性満載の映画なのに、「ツーリスト」の良い評判がアメリカから伝わって来なかった。興行成績も、二人の組み合わせなら2億ドルでもおかしくないはずなのに、いまいち盛り上がらずだった。そこで本編をジャパン・プレミアで確認させてもらった。舞台挨拶のジョニーさんも、『これはメッセージ云々の映画じゃなく、気軽に楽しんで欲しい作品だよ』と言っていた。

まさに、これぞ古式豊かな往年のハリウッド映画であった。

そう、まずはこの映画を楽しもうと思ったら、映画に何かを求めようと思わないことからスタートだ。それがハリウッドエンタテインメントだった筈だ!それがいつの頃からか、“この映画が言わんとしているメッセージは”とか言う輩が増え、それがなかったら中身のない映画と言い切る傾向になってきた。

あれはスピルバーグが「ジュラシック・パーク」を世に出し頃だったろうか。したり顔で“特撮すごいけど中身無いよねぇ”とか言っている奴には、自分の無知とハリウッド映画への愛情の無さをさらけ出しているその醜さを、冷ややかな目線で見ていたっけ。ちょうど「ツーリスト」にもそういった声が出そうな気配だ。要するに今どきの若者たちが、主演のスター見てるだけの映画だよねぇ、とかアホなことを言いそうというわけ。

そのスターの共演を楽しむ、これのどこが映画じゃないのでしょうか?これぞハリウッド映画の醍醐味なのですよ。ジョニーはともかく、この映画のアンジーのゴージャスさは尋常じゃないですよ。もう最初の登場シーンから目が釘付け!これぞハリウッド女優なのだ。これだけ凄いと部分的にジョニーと釣りあっていないほどだ。そうケイリー・グラントのようなダンディな男優でしか太刀打ちできないと感じるほどだ。

いささか分が悪いジョニーだが、作品の肝であることは確かで、この二人がベニスへ行くということが、また映画の魅力となっているのだ。「ローマの休日」や「泥棒成金」(舞台はモナコですな)がそうであったように、かつてハリウッドはヨーロッパへの憧れをそのまま観光映画の形として、美しい風景をスクリーンに映し出した。この映画のベニスの風景はデヴィッド・リーンの「旅情」以来と言っても良いほど美しい。

スターはスターで、ちょいとバカンス兼ねて、旅をしながら仕事をするっていうのはありで、ジョージ・クルーニーも「オーシャンズ12」で楽しさを満喫(観客も)したようだ。もっともそのルーツこそシナトラが“ラスベガスで遊びながら映画作ろうぜ!”と仲間を集めた「オーシャンと11人の仲間」だけどね。

美しい風景とスターの共演を楽しむ、ハリウッド映画の楽しみ方を根本から否定するする人は劇場に行かないほうがいいかな?だってお話だって、どこも新しくないラブ・ミステリーというやつですからね。その話の先を読もうとしてはダメです。ボケーっとして身を委ねていれば、なかなかのオチだと思えますよ。アンジーは本当は国際指名手配犯の恋人なのか?それともその犯人を捕まえようとしている英国諜報部の人間なのか?その部分のミステリーを楽しもう。

映画ファン的に楽しめる一箇所は、英国諜報部のアンジーの上司役が、ティモシー・ダルトンというキャスティングの妙。そう言わずと知れた4代目のジェームズ・ボンド役者のダルトンだ。そう、この映画はスパイ映画の一面も持っていたということを役者で教えてくれるのだった。なんか現場から退いてボンドがデスクワークしている雰囲気でいいなぁ。でも最後にはビシッと決めてくれましたね。

こうしたビッグスターの豪華共演をミステリアスな展開と美しい風景で楽しむこと、これが基本だが、これを本国のアメリカの観客ですら、余裕をもって見ていられない時代になってしまったのかもしれないなぁ。でも、もしかして監督がフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルクという方じゃなく、ハリウッド映画人だったらアメリカの観客の受け取りかたも違ったのかしら…。