香川照之=ボクシングをこよなく愛する俳優、または丹下段平

日本以上にハリウッドでは映画とボクシングの相性は良いようで、再三に渡って映画の題材にボクサーの人生が描かれいることは、すこしタイトルを挙げてみただけでも分かる。スタローンの「ロッキー」や、ロバート・デニーロの「レイジング・ブル」をはじめ、デンゼル・ワシントンで「ハリケーン」、ラッセル・クロウは「シンデレラマン」、古い所でポール・ニューマンの「傷だらけの栄光」があり、先日ノミネートが発表された本年度のオスカーレースでもマーク・ウォールバーグの「ザ・ファイター」など、多数ある。

ハリウッドはスポーツそのものを映画の題材に求めることは当たり前で、国民的娯楽(ナショナル・パスタイムという言葉は映画から教わった)の野球、アメリカン・フットボール、アイスホッケー、バスケットといわゆる4大プロスポーツは定期的に映画の題材となってきた。

ハリウッドほどではないが、日本映画も(若者映画としても)「バッテリー」「ROOKIES」で野球、「ボックス!」でボクシングと、最近作を見渡しただけでも、映画の題材にはしている。しかしボクシング漫画の金字塔「あしたのジョー」だけはアンタッチャブルな存在として手は出さないだろうと思っていた。

「ピンポン」の曽利文彦監督で映画化と聞いたときには、この監督なら可能性は『0』じゃない、と感じた。しかし、“丹下段平はどうするんじゃ?”が一番の不安材料であったことは確かである。ところが配役で丹下を香川照之が演じると聞いた時には、その不安は吹っ飛び、期待に変わったのだった。

そう、香川照之は(日本で最も)役者でありながら、こよなくボクシングを愛する男で、もしかしたら映画演劇の業界より、ボクシング界のほうがその認識は強いかもしれない。WOWOWで放送される世界戦の解説にも登場し、スラスラと何年の誰と誰の試合はとか、このボクサーの特徴はとか、喋っているのである。恐らく、そうした香川の一面は「龍馬伝」や「剣岳」で“良い俳優だなぁ”と思っているだけの観客は知るよしもないであろう。

長年キネマ旬報で連載しているエッセイで、少しだけ明らかにはしている(他に好きなものはクワガタ虫、大好きな俳優はソン・ガンホ)ボクシングへの猛烈な愛は「あしたのジョー」への愛でもあるのだろう。本人自ら、この物語は『聖域』と称し、自分しか段平というキャラクターは演じられない、という強い自信がうかがえる。

なぜなら「〜ジョー」の中で最も漫画的キャラクターが段平で、ひとつキャスティングが間違えば『笑い物』になってしまう危険があるのだ。そのメイクを施した上で、ちゃんとボクシングを自ら出来て、ジョーにも教えなきゃならない、そんな役を他に誰がやれるだろう。体型的だけで言えば、今は亡き往年の名脇役高品格さんがイメージ的には近いが…。映画の冒頭、ジョーとヤクザものの喧嘩のシーンで、段平もパンチを出すが、その腰の入り方の見事なこの場面で、原作の「〜ジョー」のファンを納得させることに成功している。それだけ香川=段平となっていたのである。

いろいろ賛否両論はあるでしょうが、この丹下段平を見るだけで、充分に「あしたのジョー」という映画は見るに値する作品になっていると断言できます!