らくだ工務店「動かない生き物」

赤坂REDシアターで、らくだ工務店の公演「動かない生き物」を見せていただく。前回の公演は下北沢だったが、今回は赤坂。どうやら下北とともに赤坂も種々演劇の聖地のようだ。

あれは自分がまだ二十歳ちょいぐらいの歳だったと思う。通っていた新宿のスナックで知り合った女性が、劇団に所属している女の子で、けっこう映画、演劇の話で盛り上がって彼女が出るその劇団の公演を見に行ったことがある。

その場所が赤坂。まだTBSが以前の建物の時代で“大人の街”の印象の赤坂に小さな演劇スペースがあったのだ。約30年前のことだが、そんなこともなければ映画館もないことから行かない街である赤坂の印象は演劇の街となったわけである。

その時みた演目は太田省吾作「水のない駅」という無言劇だったと記憶する。その彼女の出演場面はほんの少しで、中身もよく分からんいわゆる不条理劇だった。いささか趣味に合わず、これ以降観劇はすべて帝国劇場や日生劇場を中心とした商業演劇一本槍となる。

スナックをやめてしまったので会うこともなくなった、その彼女の名前を次に確認したのが小栗康平監督の映画「死の刺」のエンドクレジットでだったが、どこに出ていたかが分からなかった。

さて、今回の公演は前回のように観客おいてけぼりにしなかったことに好感を覚える。お話はとある動物園で、そこの象が檻からでなくなった。象の引き篭りである。そこに働く飼育係やその奥さんや、事務員などの数日の日常描写である。この石曽根さんという作者は物語を進めていく中で、登場人物全員の抱えているちょっと人に言えない問題を小出しにして、それでも生きて行かなきゃならない人間を描くことが達者だ。

主任の男は中学生の息子が(像と同じ)引き篭りで、なんとか気持ちを通じさせたいと思っている。象の飼育がかりの担当の女性はシングルマザーで親元に子供を預けている。この女性を好きな獣医を目指そうとしている男はなんとか告白にたどり着く。事務員の女性は別居中で、彼女が好きなスタッフの男の奥さんは植物人間で入院中。奥さんが出産間近のポニー担当の男は、同じ出産が近かったポニーを死なせてしまい嘆くが、奥さんに『そんなんだったら私は産めない!不安!』とビンタされるところがクライマックスかな?

そんな中に動物の言葉が分かるというボランティアの女性がやって来てひと騒動。言葉が喋れる人間の気持ちですら分からないのに動物の気持ちなんてわからんでしょ、ましてや人の気持ちが分からないほうが良い時もある。「動かない生き物」それは人間自身なのだろう。それでも生きていく人間たち、その日常がまた流れていく、という鮮やかな幕切れだった。

これで石曽根さんのタイプの違う作品を2本見たことになるが、本当にどちらが彼の本質かは、まだ分からない。よってさらに次回作(半年後とのこと)が楽しみになってきましたね。