トルストイと聞いて構えてしまったが・・・

「終着駅」と聞けばオールドファンはジェニファー・ジョーンズとモンティの映画を思い出すだろうが、これは新作で原題は『ラスト・ステーション』とそのままで、正式邦題は「終着駅〜トルストイ最後の旅〜」となっている。今年春のオスカーレースで原題名のままヘレン・ミレンが主演女優賞に、クリストファー・プラマー助演男優賞にそれぞれノミネートされ、その時はどんな内容なのか知らなかった。

それがトルストイの晩年とその妻の愛の物語と聞いて、“うわぁ〜、難しそう、アート映画バリバリなんだろうなぁ”と構えてしまった。まぁ、高校生のとき、そのトルストイが書いた大長編小説「戦争と平和」にチャレンジして、見事に100ページあたりで挫折したロシア文学アレルギー者にしてみれば、仕方ないだろう。

しかし、映画は予想に反して通俗的(いい意味ですよ)で大変面白い。今更ながらに映画はいろんなことを教えてくれると感心。要するにトルストイという名前は知っていても、その奥さんのことなんて知らなかったのですな。その奥さんが世界三大悪妻として有名なことも知りませんでした。それこそ大学の文学部とか行ってれば知っているのだろうけど、三大美女ではなく悪妻はねぇ。

ちょっと難しい部分は思想家としてのトルストイが提唱した、そのトルストイ主義うんぬんの部分だろうが、そこは深く意識しなきでいいでしょう。ようするに老齢になった自分の旦那が、奥さんになんにも財産を残そうとしないことに焦った奥さんが、必死にそれを書いてある遺書に旦那がサインするのを防ごうとするお話。

その奥さんにヘレン・ミレンが扮している。現代の女性の感覚で行けば、この奥さんは妻として当然の権利を主張しているのだが、この時代のロシア、トルストイの才能は人民に与えられるものとして著作権放棄が正しい行いのように描かれるのが面白い。

その夫婦の愛と葛藤を見つめる若き秘書役に、若手俳優で期待度大のジェームズ・マカヴォイ。いわゆる狂言回し的役だが、この青年と教義に賛同して共同生活を送っているケリー・コンドンが演じるマーシャとのラブシーンはなかなか良い。要するに教義で禁欲なんておかしい、という若い世代の象徴として描かれる。

家出と言う形で旅に出て、とある駅で息を引き取ったという事実も映画は教えてくれたが、それ以上に今から100年前でありながらマスコミが発達、機能している描写にビックリ。トルストイの家に張り込んで、キャメラを回しているし、危篤状態になってからも医師の記者会見も毎日行われている。それだけ存命中から文豪は世界の注目の的であった証拠なのだろうが、それをキチンと描いてくれてエンドクレジットで、実際の映像を使うという凝りようだ。

なんと製作者はアンドレイ。コンチャロフスキー。そうですね、あのハリウッドに渡ったロシア人の監督さんですね(監督はこれではしていないが)。そしてもっとも、この映画がユニークなのは、全員ロシア人なのに演じているのはミレンにしてもプラマー、マカヴォイにしてもイギリス人であること。奥さんと対立する協会の男を演ずるポール・ジアマッティなんてイタリア系アメリカ人でっせ!

セリフも当然英語!いつ頃からか登場人物たちの国籍で、その言葉で話さなければリアリズムに欠けると言われて、ケヴィン・コスナーメル・ギブソンもインディアン語だったり、ラテン語だったりで映画作ってしまった。しかし往年のハリウッド映画は、たとえナチスでも英語を喋らせ、それでOKだったのだ!中途半端に最初だけロシア語をショーン・コネリーに話させる「レッドオクトーバーを追え!」のようなことしなかったぞ!

これは、頭っから英語オンリーでロシア語なんぞ必要ないという姿勢、そういう意味からして、ものの見事にこれはハリウッド映画だということですね。それをロシア人の製作者が手がけるその逆説的面白さに乾杯だ!