夏はやっぱり恐怖映画!

現代のエンタメ業界の夏の風物詩は稲川淳二の怪談話あたりだろうが、いわゆる映画全盛期では(まだホラーとは言っていなかった)夏は恐怖映画のゾクッと涼しくなりましょう、が謳い文句の“四谷怪談”系から“化け猫”系とそろっていた。今やアメリカの影響でホラー系はハロウィンと直結してしまったので夏の恐怖映画は影も形も無くなってしまった。

しかし盛んに旧作上映をしている都内の映画館では、その特集上映を逆に売りにしていて神保町シアターでは「化け猫」たちの夜というレイトショーだし、銀座シネパトスではSF・怪奇映画特集となっている。さっそく銀座へ行って70年代に東宝が作った『血を吸う』シリーズの1本「血を吸う薔薇」を楽しむ。

この『血を吸う』シリーズでニコニコ出来る世代は50歳以上でしょう。1970年の「血を吸う人形」71年の「血を吸う眼」と「薔薇」の3部作である。それまでの邦画の恐怖映画は怪談か妖怪かといった日本人が怖いと思う『恨み』が根底にあるものばかりだったが、このシリーズはイギリスのハマー・プロをお手本にしたヴァンパイア伝説もので、東宝にしか作れないモダンな味わいの恐怖映画だ。

山本迪夫監督はこの3部作と「悪魔が呼んでいる」の4本で日本のテレンス・フィッシャーとも言われる存在だが、この後TVに行ってしまうのでよけいに劇場作だけで語るとホラー専門監督となってしまう。しかしこの「薔薇」はなかなかのスタッフで助監督に小栗康平がいて、美術が薩谷和夫氏だ。薩谷さんはこの後大林監督の「ハウス」の美術も手がけるのでホラーチックなところ参考になったのだろうか?大林映画の美術を担当して、なくてはならない存在だった薩谷さんの想い出は、いずれまた書かせてもらおうと思う。まずは「薔薇」が、こうした一流のスタッフの恐怖映画だったということだ。

お話はいわゆる西洋ホラーの鉄板ともいうべき、おどろおどろしい洋館で、美女が次々と血を吸われていくという単純なものだが、噛み付く場所は首すじではなく、胸の上あたりというのが気が利いている。新任先生の黒沢利男が田舎の女学園にやって来るところから映画は始まる。寄宿舎学校の女子生徒が毎年行方不明者がいるような所だ。ここで学長に酒を飲まされた利男は行方不明の女学生と死んだばかりの学長夫人に襲われる夢を見る。いや、それは現実であり、その学長夫妻が実はこの村に伝わる魔物伝説の継承者だったのだ。

学長に扮するのが「薔薇」と「眼」でヴァンパイアを演じ日本のクリストファー・リーとも言うべき岸田森。青白い顔をして牙を剥き襲い掛かってくる様は(今の観客は笑うだろうが)今見ても怖い怖い!そして恐怖映画に付き物なのは美女である。その役目を担うのが眉間のホクロが印象的な望月真理子だ。島田陽子をさらに美人にしたような女優だったが、その後の活躍は聞かないなぁ。利男と共に魔物伝説の解明に協力するのは学校医の田中邦衛。青春映画路線が一段落した東宝の男優たちがホラーで共演という当時の映画事情がうかがい知れるキャスティングだな。

これをB級ホラーを笑うやつは笑え!映画史をキチンと考えてみれば、こうした魔物のモダンホラーがあったればこそ今時のJホラーと称する「リング」「らせん」に繋がったのである。ここを押えずして日本の恐怖映画は語れないでしょう。ここに時代劇怪談系の恐怖映画からの脱却が(大げさかな?)あったのだよ!