前田陽一監督特集上映

読み終わった小林信彦著の大作小説「夢の砦」の後半にこんな場面があった。主人公の青年が大手芸能プロダクションの社長の家に招かれると、その応接間には映画会社各社のプロデューサーが居て、『うちでの次回作は?』『こちらの前作は?』と社長に盛んに取り入ろうという場面だ。

言うまでもなく、この大手芸能プロのモデルは渡辺プロ(以下ナベプロ)で、いかにこの時代売れっ子タレントを有して映画制作をしていたかが良く分かる場面だ。ところが自分の意識の中でナベプロの映画制作は、東宝クレイジーキャッツ(他は3人娘など)でしかなく松竹のイメージがなかったのである。

まさに自分の不勉強!シネマヴェーラで上映された前田陽一監督特集での「喜劇 右向けェ左」は70年のナベプロ製作、松竹配給作品。主演は堺正章なべおさみ。他に犬塚弘桜井センリ小松政夫いかりや長介田辺靖雄木の実ナナ、井上順、ザ・タイガースナベプロタレント総出演。タイガース(なんと岸部兄弟の貴重映像!)と布施明は共に一曲歌うだけ。

これではじめて「夢の砦」の一場面が、いままで想像してもピンとこなかったのに、実感としてわかったのである。まあ、それだけ自分が、いかに東宝主体で60〜70年代の邦画を見ていたかで、松竹に積極的に触れてこなっかったの証明ですね。

前にヴェーラで見た山根茂之監督の郷ひろみ主演の青春映画もそうだが、60年代後半から70年代前半の邦画経験は東宝がほとんどで、特に前田陽一監督は79年の「神様のくれた赤ん坊」さえも見逃して縁遠い存在だった。今回はこの「〜右〜」と「七つの顔の女」の2本。

ナベプロタレント出演とはいえ「右」は典型的プログラムピクチャーコメディであるが、唯一気になるのが70年なのにここまで太平洋戦争を引きずっている設定であること。使えない社員を自衛隊体験入隊させ鍛えるという設定で、課長の犬塚さんは戦争の生き残り上等兵役。自分の身代わりで死んだ上官のことを引きずっている。

これは時代がまだ(戦後25年たっていたが)戦争を引きずっていたのか、監督自身がそうだったのか、どちらかだろうがどうやら後者ではないかと考えられる(監督に対しての不勉強は承知してます)。なぜならもう一本の69年度の「七つの〜」の設定にも戦争の影があるからだ。

5人の泥棒集団がスマートに悪徳企業の裏金をいただいてしまうという話だが、その5人はすべて戦争孤児という設定である。作品のテイストはおしゃれなピカレスクものなのに、どことなく泥臭いのは、そうした戦争に対する目配せがあるからだろう。

でもこの時代のおしゃれな犯罪物といえばフランス映画の「黄金の七人」。まさにこれはその松竹版で楽しめる。学者(緒形拳)お嬢(岩下志麻)印刷屋(西村晃)錠前屋(有島一郎)坊や(左とん平)の5人チームだ。見所はなんといっても志麻さんの七変化。デザイナー、看護婦、などの化けて魅せる。最近若尾さんばっかりだったのが、ようやく「その人は女教師」の頃の色っぽさに出会った!

山田洋次監督が「男はつらいよ」を本格稼動させる前の松竹のプログラムピクチャーは本当に前田監督に負うところが大きいのだろう。今回の上映でも「進め!ジャガーズ敵前上陸」「虹をわたって」をはじめきっちり追いかけてみてみたい。